1月3日 12:33

 一月三日、正月三が日の最終日だが準々決勝を控えるチームにとっては貴重な調整日。外に出ている余裕はない。



 高踏高校にとっては明日の会場移動のためのバスの手配、その時間設定といった問題がある。これまでは横浜と川崎の会場であったが、準々決勝の会場は浦和。万一そこにも勝てば準決勝以降は東京・国立競技場となる。


 午前中、陽人がバス会社の人から聞いたことを元に、部員全員に説明を始める。


 こうした説明は本来は真田の役割だったが、明日は会場入りしないことが決まったので、昨晩のうちに離脱している。箱根に行って家族と過ごすつもりらしい。明日会場に行く必要がないので、今回は宿泊についても何も言われることがない。


 何ならそのまま名古屋まで戻ってしまっても良いのでは、とも思ったが、さすがにそこまでするのは気が引けるようで、戻る時は部と一緒ということだ。


「バスで移動するとなると余裕をもって二時間くらい。11時にはホテルを出ておいた方が良いだろう。で、戻ったらすぐ帰ることになるだろうから、帰り支度もそれまでにしておいた方が良い」

「それは一回戦の時からしているって」


 陽人の言葉に、颯田が笑いながら答えた。周囲も笑う。



「……午前中はストレッチのみにしておこう。正直、リカバリーだけで精一杯だろうし。午後も軽めにしておきたいけど、何か個別希望はあるか?」

「いやいや、あるわけないよ。本当にこんなにサッカーをやったのは生まれて初めてだよ。足が痛い」


 またも颯田の言葉に皆が笑う。


「……じゃあ、休みながら聞いていてほしいけれど、明日の指針だ」


 手持ち用のボードを持ってきて、スタメンを書き連ねていく。



 GK:須貝

 DF:曽根本、石狩、道明寺、南羽

 MF:久村、天宮、芦ケ原

 FW:篠倉、鹿海、櫛木



「大会前の深戸学院との練習試合でも分かったと思うけど、このメンバーでも最少失点に押しとどめるサッカーはできる。前線で中々違いは作れないが、それは能力の差が大きいので仕方ない。とにかくひたすら動いて前半を何とか3失点……できれば2失点以内で折り返したい」


 メンバーが全員頷いた。


「そのうえで、後半早めに勝負をかける。達樹、真治、翔馬、耀太、怜喜。基本的に全員出すつもりでいる」

「分かった」

「そして、俺はスタンドから野次るという重要なミッションを果たすとするよ。『陽人~、トロトロ走るな~』って具合に」


 林崎の言葉に、またも笑い声が起きた。



 昼食時、テレビのニュースを見ていると、関東ローカルのニュースで弘陽学館が取り上げられていた。


「お、佐久間サラだ」


 リポートしている佐久間サラを見て、陸平が「そういえば」と何かを思い出したようにつぶやいた。


「二回戦でインタビュー受けた後、陽人は何か彼女と話をしていなかった?」


 陽人は憮然とした顔になる。


「おまえみたいに出たく無さそうな顔で試合に出る選手は初めて見た、的なことを言われたよ。それでオウンゴールと自爆パスまで出していて、何がしたいのって」

「あらま。アイドル? なのに、真田監督よりサッカーが分かっているじゃん」


 またまた笑い声。


 チームのここまでの戦歴を紹介された後、キャプテンの平尾帝雄ひらお みかどのインタビューが始まる。


 昨年も準決勝まで全試合出場し、今年の総体でも決勝まで出続けた屈強なディフェンダーと紹介されている。


『優勝以外考えていないですし、僕達弘陽学館の選手は24時間、練習していない時にもサッカーのことしか考えていません』


 鼻息荒くコメントをしている。気合十分のようだ。


「おぉ、気合十分だね~。うちは24時間とかとてもとても無理だなぁ……」


 瑞江が肩をすくめた。


『勝敗を分けるのは何でしょうか?』

『どれだけチームが一つになって戦えるかだと思います。僕達は夏の総体で洛東平安に負けて以降、宮内監督の下でハードトレーニングに励んできました。チームの意思統一ではどこにも負けないと思います』

「すごいねぇ~」


 これまた他人事のようなコメントだ。



 と、そこに県サッカーの役員が入ってくる。


「運営から電話があって、午後、取材を受けるかって?」


 視線をテレビに向け、「あっ、これこれ、こんな感じで」と指さした。


 陽人は瑞江を見た。


「達樹は慣れていると思うけど、受ける?」

「嫌だよ、面倒くさい。陽人が受ければいいんじゃないか?」

「俺も嫌だよ。佐久間サラが来るなら、また何か嫌味言われそう」


 明日の試合に向けて集中したい時に「今度はゴールを間違えないようにね」とか言われたら溜まったものではない。



 キャプテンとエースが揃って拒否したので、役員は「あ、そう。じゃあ、そう回答しておく」とだけ答えて出て行った。


 出て行き際、ドアの向こうから「せっかくの取材なのに断るなんて、変わっているなぁ」とボソッとつぶやく声が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る