1月2日 16:27

 悩ましいところではある。


 藤沖の言う通り、全国8強まで来たのだから、ベストチームを使った方が良いのかもしれない。


「ただ、サブと深戸で練習試合をした時に、ファイナルサード以外はそれほど遜色なかったんですよね。体調を考えたら、サブ組で前半走りまわって、後半に勝負をかける方が良いのではないかとも思います」

「うん、うん。僕はその方向性でも良いと思うよ。さっきこの子達とも話していたけど、一番元気な天宮君が前半だけ死に物狂いで走りまわって、後半誰かにバトンタッチするというのもいいんじゃないかな?」

「僕が?」


 陽人にはその発想はなかった。ベンチで終始見ているのが自分の役割だと思っていたからだ。


 しかし、体調面という点では、確かに自分が一番元気であるのは間違いない。


 前半には大きな勝負所はないだろう。もちろん、力及ばず前半だけで大量失点の可能性もあるが、それは仕方がない。




 迷っていると、瑞江が乗ってきた。


「いいんじゃないか? ここまで来たんだから、陽人も雄大も出ろよ」

「い、いや、俺が出ると勝目がゼロになるよ」


 後田は如実に怯む。ポジション的にもゴールキーパーなので、さすがに出しづらいうえに。


「次の試合だと、俺が登録されると誰か1人がスタンドになるぞ?」


 陽人の場合でも、次の試合は問題が出てくる。



 全国選手権では30人の選手登録ができ、うち個別の試合には20人を入れることができる。


 高踏の場合、1年生が22人いるから2人はずれることになる。


 初戦と三回戦は陽人と後田雄大が外れていたが、2人は役員資格でベンチにいた。


 二回戦はというと、鹿海が退場で出場停止になっていたため、控え室に待機していた。そのため枠が一つ空いて、陽人が20人目として念のため選手登録をしていた。


 準々決勝は出場停止者がいないから、陽人が出るなら、誰かをベンチ登録から外さなければならない。


「そうなると、俺か大地じゃないか?」


 と言ったのは、武根だ。



 相手は優勝候補筆頭であるから、リードする展開は想定しづらい。


 追いかける展開を想定すると、攻撃オプションが必要となる一方、ディフェンターの役目はない。


「ただ、万が一にもリードして終盤を迎えたら、俺より駆の方が必要だろう」


 林崎の言う通り、もしも高踏がリードして終盤を迎えたら、相手は高い選手を前に置いてロングボールを狙ってくるだろう。


 そうなった時、高さと強さに秀でる武根の方が対応するカードとしては有効だ。


 ディフェンスラインから正確なパスを出せる林崎はキープできる試合では有用な存在だが、劣勢だと個人能力がやや低い点が気がかりである。


「じゃあ、俺は明後日、ここから見ているよ」


 林崎が応じて、他に反対する者もいない。


 ということは、陽人にとっては逃げ道がなくなったことも意味する。



 後半が始まった。


 藤沖の言う通り、弘陽学館のサッカーは個人の強さ頼みのところがある。まず1対1を個人で封じる。それもテクニックでというよりはフィジカルで、だ。


 そのうえでボールを前に出して、最後も個人の能力で決めに行く。


 シンプルだが、能力差があるからそれで勝てている。


「相手も三回戦まで来るのだから、弱くはないんだろうけれどねぇ」


 その相手ですら三年主体で実績もあるはずだ。


 一年しかいないところだと、フィジカルではもっと話にならないだろう。


「……やはりイチかバチか、走りまわるしかないか」


 前半はとにかくスタミナとコンディションを武器に走りまわる。個人技である程度やられるのは仕方がない。幸い、高さという点では鹿海と篠倉、櫛木が出るので、極端に劣勢にはならないだろう。


 前半を2点差くらいで終えることができれば、後半に瑞江、戸狩、立神、園口と攻撃で違いを作り出せる選手を一気に入れて勝負をかける。


 それで運よく点が取れれば。


 そのくらいしか思い浮かばない。



 後半20分までに弘陽学館のリードは5点に広がっていた。


 ここまで来れば余裕ということもあるのだろう。選手交代をどんどん行っている。


「全国に出るところと、全国を勝ちに行くところとではやっぱり違うなぁ」


 稲城の方を見た。


 西海大伯耆の初戦を見て、「大野がケガしている」と見抜いた彼の眼力で、誰かしらの不調を見抜いていないだろうか。


「……残念ながら、今、見ている限り、大野さんみたいなことはないですね。大野さんはチームを背負って重荷に苦しんでいた雰囲気もありましたが、ここの人達はそういうものもないですし。大野さんと比較すると落ちますが、気負いがない分厄介ですね」

「そうだよな~」


 結局、弘陽学館は6-0で勝利。


『弘陽学館、ベスト8ではミラクル高踏と対戦します』

「……ミラクル?」


 陽人が携帯電話からのテレビ音声に首を傾げていると、藤沖が苦笑した。


「それはミラクルでしょ。公立校が一年でここまで来ているんだから。しかも三試合で16点取っているんだし。これでミラクルでなければ、何がミラクルだくらいの話だよ」

「……言われてみるとそうかもしれませんね」


 陽人だけではない。全員が「そうかなぁ」という顔をしている。


 渦中にいると、そういう思いを抱かないものであるらしい。



準々決勝日程

柏の葉

① 洛東平安(京都) - 津敷(岡山)

② 室山学院(高知) - 北日本短大付属(宮城)


浦和

① 浜松学園(静岡) - 桑南(鹿児島)

② 高踏(愛知) - 弘陽学館(千葉)

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