1月2日 15:20
ホイッスルが鳴ると同時に、海老塚監督・中松博文が高踏ベンチに近づいてきた。
「いや~、今日はありがとうございました。完敗でしたわ。強いですなぁ」
そう言って、陽人を通り過ぎて真田に握手を求める。
「あ、どうも」
ぎこちない様子で握手に応じる真田を見て、陽人は合点がいった。
(なるほど、こういう面倒な思いをしたくないというのもあるんだろうな……)
「ところで、先程何か大会の人に呼ばれたようですが、何かあったんですか?」
「いや、それがですね」
そういう話はしても構わないと思ったのだろう。真田は中松に入場禁止を告げられたことを説明した。
中松の眉がつりあがる。
「何やて? それはまた……えろう不公平な話やな……。そんな不公平な扱い受けるんやったら、監督の成り手がのうなるやん……」
「そうなんですけど、色々厄介なご時世ですからね。生徒に何かあってもいけないですし」
「ホンマですわ。酷い世の中になったもんですなぁ。しかし、ペットボトルを投げつけられて出場停止ってあまりな話ですわ……。あ、インタビュー来ましたな。それじゃお先に。縁がありましたら、来年のインターハイか選手権で会いましょ」
中松は軽い言葉を残して、去って行った。
入れ替わりにインタビューが真田のところにやってきた。
こちらは出場停止のことを知らないのだろう。笑顔で色々聞いてくるが、真田もまた会心の笑顔で「実は大会委員に呼ばれておりまして、後半は半分くらい見ていません。ですので、試合個別の感想は言えないのですが、いい試合だったと思います」と見事に誤魔化してしまった。
大会委員に呼ばれた、という言葉で、インタビュアーは「これは聞いたらいけないやつだ」と思ったのだろう。曖昧な話題が続き、いかにも無味乾燥なインタビューとなった。
それを傍目に見ながら、次の試合のことを考える。
まず、自分達という点では非常に良かったと言える。
結果的にこの試合は全員がフル出場することになったから、控え組でプレーしたものはいない。つまり、次の試合、連戦となる者を除くと全員が中三日を空けることができる。
戸狩を完全休養させることができたのも大きい。
真田の不在は、本人の言う通りチームという点では何の支障もない。いや、むしろ本人も言っていたように「一年しかいないうえに監督までいなくなった」と楽に見られる期待も出てくる。
試合終了後の質疑応答でも、真田に関する話はない。
試合に関する話については「僕は見ていないので」で切り抜けられ、それで終わりである。
(俺から言った方がいいのかな?)
とも思ったが、それも変である。
真田の受け答えはびっくりするくらい良くなっている。試合以外のことについてはいい加減慣れてきたのだろうし、これが最後という気楽さもあるのだろう。
『瑞江君はここまで7ゴール、得点王が現実的なものになってきたと思いますが、準々決勝では途中からの起用になるのでしょうか?』
「それはもう、まだ試合が終わったばかりで明日の体調も分からないし、現時点では何とも言えませんね」
『準々決勝に向けて一言を』
「ここまで来たら何も言うことはありません。とにかく精いっぱい頑張ってほしい、というだけです」
『ありがとうございました』
質疑応答が終わったので、これまでと同じく、藤沖や結菜が座っている場所で第二試合の様子を見ようと、スタンドへと向かう。
バックスタンドから中に入り、スコアボードを見た。
「おっと、前半が終わって3-0か」
弘陽学館が3点をリード。やはり強い。
結菜達と合流して確認してみるも、渋い表情だ。
「やっぱり今までのところとは一段階、二段階違う感があるわ。深戸学院のエース格だった安井さん、下田さん、新木さん、最低レベルがそのクラスで11人いるような感じね。技術も確かだし、何よりフィジカルが強いわ。U18に9人送りこんでいるのは伊達じゃないわね」
「何か突破口はあります?」
藤沖に聞いてみる。
「ないねぇ。まあ、戦い方はオーソドックスというか、低い位置からチームというよりは個人で繋いでいく感じだから、戦術自体に怖みはない。ひたすら高い位置からやっていくしかないね。プレー強度を強めにハイプレスをかければ、どんなチームだって困るものだし。あとは……」
「何かあります?」
「明後日もメンバーを変えることはないだろうからね。シードされているとはいえ中一日で三戦目になる。コンディション的には若干君達の方が上かもしれない。若干だけどね」
サブチームで行くのなら、中三日で二戦目。
主力で行くにしても、中一日で三戦目だが一、二試合目の休養は長い。
「どうする?」
という藤沖の問い掛けは、今回も二回戦同様にサブチームを出すのか、あるいは曲げて主力を使うのか、ということだ。
「去年の深戸学院を超えたわけだし、瑞江君の大会得点王もかかっている。主力を使っても悪くないとは思うけどね」
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