1月2日 13:46
それは唐突なタイミングだった。
「真田先生、試合が終わりましたら、スタッフルームまで来てもらえませんか?」
問われ、真田はスコアボードを見た。
6ー2。
ここまでの様子を見ても負けることはないだろう。
「天宮」
声をかけて、スタッフを指差す。
「来いっていうから、行ってきていいか?」
「……どうぞ」
何も試合中に抜けなくてもいいのではないかという表情だが、真田には支障がないなら、そうしたい理由がある。
(試合を見ていないほうが、後のやりとりが簡単だし)
試合を全部見ていないので。
そう言えば、記者の追及(普通の質問)をかわすことができる。
二回戦の後に知ってしまった禁断の手である。
奥に入り、スタッフルームに入るといかにも主催者の要人といった雰囲気の老人が2名座っていた。
「真田先生をお連れしました」
「ご苦労」
短く言って、二人は真田に席を勧める。
言われたままに腰掛けると、それぞれ自己紹介を始めた。
日本サッカー協会の理事とテレビ局の部長を名乗ったが、サッカーのことをほとんど知らない真田にはあまり関係のない話だ。
「実はですね、昨年末の件なのですが」
「何でしょうか?」
記者に対して好き放題言ったことによる報復だろうかと考えたが、そうではなかった。
「先生にペットボトルを投げてきたことについては被害届を出しまして、昨日出頭したという話です」
「そうなのですか。それは良かった」
自業自得ではあるが、正月早々、警察に出頭とは哀れなものだ。
感じたことはそれくらいである。
「ただですね、ネットなどを中心に『監督が挑発したのも良くない』という意見がありまして」
「あれで挑発になるんでしょうか?」
真田としては納得がいかない。
とはいえ、昨今のネット環境ではちょっとした問題がとてつもない大事となることが多々あることは理解している。
(文句を言っているのが3パーセントでも、母数が100万人だから3万人になるわけでテレビなら無視できない数になるだろうからなぁ)
とりあえず、主催者側として無視できない問題らしいことは理解した。
「そうすれば、私はどうすればよいのでしょうか?」
「……大変申し訳ないのですが、以後、スタンドから観戦していただけないでしょうか?」
お偉方2人に代わって、連れてきた者が申し出る。
顔や口調を見る限り、本当に申し訳ないとは思っているようだ。
「うーむ……、私としては不本意ではありますが」
「それはもう、重々承知しております」
2人は土下座の一歩手前という様子である。
「……仕方ありません。私も他にやりようがあったということでしょう。ただ、私がベンチにいることが問題なのであれば、スタンドにいるのも大差ないでしょう。それならば、もう会場の外にいることにします。ベンチには校長先生を入れていただけますか?」
「えっ!? いや、それは……」
相手が戸惑うが、真田は譲るつもりはない。
「その方が穏便ではないですか」
あの程度の口論で、ペットボトルを投げつけられたのに、自分が処分まで受けるというのは納得いかない。
とはいえ、真田はサッカーのことを知らない身である。処分を受けても痛くもかゆくもない。それで余計なプレッシャーがなくなるなら、陽人達部員にとってもプラスだろうし、負けても「真田監督が無責任だったから」で済むことになるから部員はダメージを受けない。
(俺はサッカー関係でネットなんか見ないし)
中途半端な処分より、徹底的に処分された方がむしろ色々都合が良い。
「……ありがとうございました」
数分後、真田は自己の会場入り禁止処分をとりつけて、スタッフルームを後にした。案内された者に従い、グラウンドへと戻る。
(スタジアムの中をこうして歩くのは、今日が最後か)
今まで特に感動を受けることもなかったが、最後となると寂しさも感じる。
階段を上がって、グラウンドへと戻り、スコアボードを見た。
時計は78分、あと2分だ。
スコアは8-4。
中に入った時から、両方のチームが1点ずつを取っていて、依然として4点差だ。
(これに勝てば、全国ベスト8か。とんでもないチームになったものだ……)
感心しながら戻ると、マネージャーの卯月亜衣が気づいた。
「あ、先生。何だったんですか?」
声に反応して、陽人と後田、控え選手達も一斉にこちらを向く。それなりに心配はされていたらしい。
「うーん、俺もよく分からないんだけど、この前の試合のことが蒸し返されて、喧嘩両成敗的に会場に入るなってことになった」
「えっ? 先生が!?」
全員、一斉に驚く。
「それは不当じゃないですか? 先生は被害者のはずなのに」
「俺もそうは思うんだけど、先に挑発したのも問題なんじゃないかと言われてね。最初はスタンドからの観戦を指示されたけど、スタンドにいるとまたいらないトラブルになるかもしれないから、いっそ会場に行かないって話をしておいた」
「そうすると、引率はどうなるんですか?」
「校長先生は毎試合来ているから、代わってもらうよ」
「そうなんですか……」
全員、首を傾げている。少なくとも全員が納得していないようで、これは真田としても心強い。
「まあ、俺がいなくてもチーム自体には変わりないだろう。監督がこういう理由でいなくなったと知れば、多数派は高踏の味方をしてくれるだろうし、対戦相手からすると監督不在で舐めてくるだろうから、悪いことではないと思う。俺が望んだわけではないけれど、チームにとってプラスにはなるだろうし、これはアリじゃないかな」
ロスタイムはなかったようだ。
話をしている間に、審判のホイッスルがなった。
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