1月2日 13:24

 後半が始まった。


 展開は大きく変わらず、ボールキープは高踏の方が長いが、前半と比べると海老塚も守備時に多少走るようになっている。それで多少勝手が変わったか、2本ほど外した後、5分に瑞江がこの試合3点目を決めた。


「これで個人7点目か。他のチームを見ていないけど、このまま終わっても得点王が取れるんじゃないだろうか」


 藤沖が感心している間に、海老塚は左サイドから崩す。


 河西が陸平のチェックを受けながらも左サイドにボールを送ると、高踏の右サイドは完全に空いていた。


「えぇ~?」


 左サイドハーフを走ったサイドハーフの篠崎がハイボールを送る。


 エリア内で受けた半田に林崎が弾き飛ばされ、反転してのシュートを決められた。


 6-2。


「スコアの野球感が増してきている」


 とはいえ、どちらも点を取るシーンは観戦者の多数派である「特にどちらも応援していない」層には楽しい展開だ。海老塚の得点に拍手が送られている。


「今のシーンは立神さんが完全に油断していましたね」

「前半、高踏の右はほぼ狙われなかったからね。点差もついたし多少雑になったんだろうな」


 個人の技術は別にして、上下動するスピードや迫力に関しては立神の方が遥かに上だ。


 だから前半、河西は常に園口側を狙っていた。立神もいつしか「こちらには来ない」と思っていたのだろう。カバーよりプレスに頭が行って一歩前に行ったところで後ろを狙われたようだ。


「やっぱり河西は攻撃という点ではたいしたものだよ。そういう一瞬を察知できるし、陸平にぴったりくっつかれても動じない」

「でも、河西さん大きいから、陸平さんのマークはそれほどきつくないのでは」



 我妻の言う通り、186センチの河西と、174センチの陸平とでは高さも違うし、体格の厚みも大分違う。


「とはいえ、陸平は体操していたからバランスは良いし、何より適度にずるい」


 河西からの展開はうまく行く時も多いが、中松があげていた「3回に1回」というノルマには遠く及ばず、「5、6回に1回、サイドに展開できている」くらいだ。


 その要因としてぴったりくっついて巧みにファウルをもらうこともしているし、逆にファウルにならない程度でさりげなく手をかけたり、ユニフォームを掴んだりと言ったこともやっている。


「彼は読みだけって訳でもないんだよなぁ」

「というか、この試合だと読みは全くいらないですよね」


 河西を狙うのはバレバレで、そこからやることもほぼ分かっている。


 それでも二度、得点まで結び付けたのは精度の高いプレーができることと、高踏側が「こちらの内容が明らかに良いから、これ以上無理して止めなくても良い」と考えているからだろう。


「それはそれとして、もう12分だけど」


 藤沖がベンチを見た。


 本来ならば、後半頭から戸狩をはじめ数人がアップをする。残り30分となる後半10分の段階で途中起用だ。


 しかし、もうその時間を過ぎているのに交代もないし、そもそも誰も本格的なアップをしていない。どこでもプレーできる久村が軽く体を動かしているくらいだ。


「交代はないのかな」

「4点勝っていますし、今のままなら替えなくても良いのではないでしょうか?」

「そこは結菜ちゃんに同意するけど、戸狩は3点取っているし、この試合なら追加で狙えるんじゃないかなあと」

「そこは一応、次の試合向けに温存では……」

「考えられる理由としてはそうなんだろうけれど」


 話をしているうちに15分も過ぎた。


 逆に海老塚が3枚交代してくる。



 海老塚はDFを2人、中盤を一人下げた。


「4バックにしてサイドの出し手を増やすのかな?」


 4-4-2にして、サイドバックとサイドハーフの2人から中へのボールを狙うつもりのようだ。


 しかし、狙った通りにはいかない。サイドバックに開いたところは稲城、颯田の2人から近いところであり、かえって高踏の一番手がボールを取りやすくなる結果を招いた。


 19分に颯田がボールを奪って自ら切れ込み、そのまま決めて7点目を取った。


 中松は「参った」とばかりに両手を広げた。


 海老塚の選手達には「あかんなぁ」と苦笑している者が数名いる。


「しかし、海老塚は不思議なチームだねぇ。どちらかというと不良チームという印象で、そういうチームは負けていると荒れてくるはずなのに、デタラメなタックルもコンタクトもしないし」

「ゴールを取られることに慣れているから、そこは腹が立たないのでしょうか? って、あれっ?」



「どうしたの?」


 結菜が突然素っ頓狂な声をあげたので、藤沖も彼女の視線を追った。



 藤沖と中学生組の視線の先には真田がいて、彼を囲む数人の大会スタッフらしい者がいた。何らかの話をしていて、しばらくして真田が陽人に声をあげると。


「……ありゃりゃ? 何か連れられていったよ?」


 スタッフが真田を裏へ連れていってしまった。


「何なんでしょうか?」

「いや、僕にも見当がつかない」


 藤沖は首を傾げた。

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