1月2日 13:01
海老塚高校の控室。
さすがに雰囲気は芳しくない。
4点リードされている、ということより1点しか取れていないこと、いつもと比べてもチャンスを作れていないことに対して、雰囲気が暗い。
「前も言うたかもしれんけど……」
中松がホワイトボードに書くのは布陣図というより、何かのグラフである。
「高校でサッカーやる人間の85%は言われたことだけやっている。監督が言うから、コーチが言うから。テキストに書いてあるから。動画で見たから。言われたことだけやるヤツらや。勉強に置き換えると、親が言うから。学校が言うから。教師が言うから。おまえ達とは真逆の生き方をしている連中や」
棒グラフに『ロボット人間』と書き込み、短い残りのところにもう一本線を入れる。
「残りの15パーセントのうち、14点なんぼパーセントは、逆に好き勝手やる人間や。まさにおまえ達のようなやり方やな。勉強でも何でも好き勝手やる。というか、やらん奴もおるわな」
狭いところに『好き勝手人間』と書き込み、僅かに残った1パーセント未満のところを指さした。
「では、残りは何かというと、本質から考える連中や。何のためにこういうプレーをしているのか、何のために勉強するのか。そういうことを考えてやっている奴らや。高踏高校はまさにこういうサッカーをしとる。俺がやりたかったんもホンマはこういうサッカーや」
河西が首を傾げる。
「でも、監督。あの高踏の真田っておっちゃんはたいした奴には見えへんで」
「ドアホ。見た目で判断するなや。例えば高踏の25番はのほほんとしとるが、中学のボクシングチャンピオンやで」
全員が驚いた。
元々、選手達に相手のことを調べるという意識はない。きっちりと守る意識もないので相手がどういう相手で何をしてくるか、覚える必要もないという認識だ。
それでここまで来られるのだから、ある意味脅威である。
しかし、それだけで勝てるわけでないのも事実だ。殴り合いを続けて消耗が大きいこともあるし、より上のやり方で戦う者には見透かされてしまう。
中松はそうした客観的な分析をしても仕方ないと思っているようだ。ひたすら鼓舞するような言葉を続ける。
「後半のことやけど、今更何かを変えてどうなるとも思わん。だから、何点でも取られてこい。その代わり、取れる限り点を取りに行くんや。それが今までやってきた海老塚のサッカーやからな」
「よっしゃ!」
「とりあえず後半10分までは前半のままや。その後は交代していくけど、グラウンドで思い切り殴られたい奴はおるか?」
点差のついた状況で試合に出るというのは楽しいことではないし、戦術の幅が少ない海老塚が後半に巻き返せる余地も多くない。
中松の言う通り、途中交代で出てもただ殴られるだけになりかねない。
それでもほとんどの選手が手をあげた。
「そうや。おまえ達は今後、大学なり社会人なりでサッカーを続けていくんやろう。ひょっとしたらプロを目指しているのもおるかもしれんが、そのためにはああいうサッカーができる能力が必要や。後半、しっかり殴られてこい」
中松は反応に満足したようで、大きく三回頷いた後、全員を見渡す。
「それとヤケにはなるな。やられて腹が立つのは分かるが、それは今までのお前達がやってきたことの結果や。カッとなって手を出したりするのはみんなを裏切ることでもあり、これまで進んできたことを自らをも否定する行為や。やった奴は即交代や。枠を使い切っていても下げて10人でやらせるから肝に銘じとけ」
「おう!」
ハーフタイム最初の頃の沈んでいた雰囲気はなくなった。
勝っても、負けても、とことん殴り合う。
最後に戻るべき自分達のスタイルを貫くということで、全員の意思が統一された。
「それじゃ行ってこい!」
中松の声に、海老塚は威勢よく控室を出て行った。
ハーフタイムが終わり、両チームのメンバーがピッチに戻ってくる。
「どっちも、交代はなさそうですね」
第四審と運営スタッフに向かう者は一人もいない。
ピッチに戻るメンバーも前半と同じようだ。
藤沖が首を傾げる。
「高踏は何も変える必要がないだろうけれど、海老塚は何かしら手を打たないとダメだと思うんだが……」
グラウンドに出て来た海老塚の面々はきびきびと動いている。傍目からはまるで勝っているかのような様子にも見える。
「元からそういう試合に慣れているんだろうけれど、何を考えているのか全く分からない不気味なチームだなぁ」
「この展開だと兄さんがまた出て来るかもしれないし、そうなったら海老塚高校のチャンスは広がるかも」
「結菜、そういうことを言うのはやめようよ」
我妻の苦笑に対して、藤沖は「それはないんじゃないかな」と答える。
「前の試合みたいに誰もいなくなればともかくとして、そうでなければ天宮君は後半は出ないんじゃないかな」
「……というのは?」
「前半はチームとして動くことは少ないけど、後半は色々ゲームの展開が変わるからね。そこに監督役の人物がいないというのは良くない。あるとしたら、次の試合で前半思い切り走るとか、そういう形じゃないかな」
「次の試合の前半……」
中学生軍団が顔を見合わせる。
次の試合、海老塚に勝った場合のベスト8。
恐らくは優勝候補の弘陽学館との試合。
「……」
本当なのか、どうなのか。
まずはこの3回戦の後半40分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます