1月2日 12:57
スタンドにはやや拍子抜けという空気がある。
「もう少し苦しむのかと思いましたけれど、意外と楽な前半でしたね」
結菜が茶を飲みながら藤沖に前半の感想を言う。
藤沖も同感のようだ。
「これはもう単純に海老塚の立ち位置の問題かもしれんね」
「海老塚の立ち位置?」
「大体の高校というのは、負けたくないから守備を固める。失点をしないことに重きを置いているのがほとんどだ。こういうチームが海老塚を相手にすると走り始めが自陣からになり、走行距離が増える」
「高踏は、負けてもいいくらいの感覚ですし、そもそもからして前にいるから、距離が増えないわけですね」
「そうだね。で、一回、海老塚は点を取って取られるという定評が立つと、何点くらい取らなければいけないという更に余計なプレッシャーも背負い込む。結果として更に疲れることになる。これも高踏には妥当しない。それに気づいて海老塚も対策を取ってきたけれども」
そこからでもスコアが縮まる、チャンスの差が逆になるという事態は生じていない。
「休養という点でも主力が軒並み中一日の海老塚の方が厳しいし、むしろこの先、点差が広がるかもしれないね。変に安心して気を抜かない限りは大丈夫じゃないかな」
なるほど、と結菜以外の中学生組もお茶を飲み、藤沖もそれに続く。
我妻が「あれ」という顔をした。
「藤沖先生、今日はビールじゃないんですか?」
「さすがに気温5度で北風も吹いているのにビールを飲みたくはないよ。熱燗ならいいけど、サッカー見ながら、熱燗って訳にもいかないだろう。夕方にするよ」
「夕方にするんですか……」
「うん、夕方。うー、寒い」
結菜が寒いという言葉に反応した。
「寒いといいますと、今は寒いですけど、夏のインターハイは予備登録もなくて20人で戦わないといけないんですよね。あれだけ暑いのに」
現状の高踏は、単に部員不足だが、選手権は30人まで登録できて休養を多く挟むことができる。
しかし、20人だと今の高踏と同じ状況だ。
「しかも選手権より更にきつい日程だからね。時間は短いけど」
「もうちょっと何とかならないんですかね?」
「それを何ともしないから、有望な選手が高校サッカーを選ばずにユースに行っているという現実はあるんだろうね」
藤沖はそう言って、茶を飲んだ後、はたと気づく。
「というか、結菜ちゃん、もうインターハイ出るつもりなんだね」
予選は週末で行われる。これも連戦ではあるが、そこまで厳しくはない。
圧倒的に厳しいのはインターハイ本番だけで、その話を持ってくるということは、既に出るつもりでいるらしい。
深戸学院の佐藤や、鳴峰館の潮見が聞いたら渋い顔をするだろう。
「当然ですよ。私達四人は、そっちがデビュー戦になるんですから」
結菜は自信満々で答えた。
高踏の控室で、真田が棒読みで説明をしている。
真田がいるということで、この日もカメラマンが入っているからだ。
「前半は良かったんじゃないかな。後半もこの調子で行こう」
具体的な指示は何もなく、やる気もない指示である。
ただ、カメラマンはその所作をカメラに収めている。
その間、陽人は戸狩を呼んでいた。
「真治、後半、出たいか?」
「……うん? どういうこと?」
ここまでの二試合、戸狩は後半に30分ほどのプレーしている。
そういう起用が定着してきた雰囲気があるだけに、突然の問いかけにけげんな顔をする。
「油断しなければ、後半もこのままで行ける雰囲気ではある。行けそうな雰囲気なら、今日は起用なしにして次の試合に備えてもらいたいんだけど」
「ということは、次はスタメンなのか?」
「いや、次も30分くらいで考えている」
「……?」
戸狩は「何で」という顔をする。
「次の試合も明後日だから、な。段々疲れも溜まってくるうえに、相手は優勝候補だ」
「あー、俺はそっち全力で備えろってことか」
「できればそうしてもらいたい。もっともこの試合、終盤に出ればゴールは増えるかもしれないから、どうしても出たいというのなら仕方ないが」
戸狩はここまで2試合で3得点である。
現在トップの瑞江が今の3試合目で6点取っている。差はあるように見えるが、海老塚相手に終盤をプレーしたなら、2、3点取れる可能性はある。
だから、得点王の望みもあるし、届かなかったとしても1年で5点でもあげたら、今後がかなり変わってくるだろう。
この試合に出られないとなると、そうした期待はほぼなくなる。
チーム事情でタイトルへの可能性を諦めてくれ、というのであるから説明なしというわけにはいかない。
「いや、ゴールは別にいいよ。単純に何で? と思ったけど、弘陽学館相手にフルパワーで、というのならそれでいいよ」
「あぁ。ただ、後半の状況如何によっては、覆すことになるかもしれないので、休み8:出る2くらいで考えていてほしい」
後半、海老塚に完全にスタミナで上回られる展開もないとは言えない。
点差が縮まってくれば、戸狩を起用して追加点を狙いに行かなければならない事態もありうる。
「了解。つまり、今日は出ないかもしれないくらいに考えておけばいいわけだな」
「そうなる」
「分かった」
戸狩はOKと親指をあげた。
陽人はホッとして真田の方を向いた。
後半に向けての準備、更にはその次に向けての最低限の措置は取れた。
あとは、前の試合のように突然の故障者が出ないことを祈るだけである……
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