1月2日 12:46

 3-0。


 このままで終わることはないだろうと思いつつも、この時点では高踏には何も動く必要のない展開である。


 陽人と後田の2人も、選手権ではもっともリラックスした雰囲気で試合を観ている。


「うん? 河西さんが少し下りてきたかな」


 再開直後、トップ下にいた河西が前線ではなく、その一列後ろにいることに気づく。


 その河西へ少し高めのボールがあがった。


「あ、これはもしかしたら厄介かもしれない」


 少し嫌な予感が過った。



 河西へのキーパスに陸平が反応する。


 反応するが、対応には一瞬迷った。


 低いボールならカットに入れるが、高いボールである。


 高さという点では、明らかに河西の方が上だ。


 トラップしたところをひっかけた方がいいかもしれない。


 陸平はそう思ったのだろう。背中側から近づいて、相手が回りこんだところでボールを取ろうという構えをとる。


 しかし、河西は大きく飛んだ。



「おぉーっ?」



 両軍ベンチ、スタンド、テレビの前、一斉に声が飛んだ。


 河西が飛び上がり、そのまま回し蹴りのようにボールを叩いた。


 それが右サイドを走る近藤春比古へのパスとなる。


「えぇっ、あんな蹴り方で通るの?」


 陽人が唖然となる絶妙の精度でボールが右サイドに流れる。


 近藤と園口の走り合いは園口の方が若干早いが、スタートは近藤が一歩早い。


 その分だけ先に追いついた近藤がワンバウンドしたボールをダイレクトで中に送る。


 クロスの軌道の先に半田が走る。ダイレクトプレーが二つ続いたので林崎も武根も追いかける立場だ。


 少し長いように見えたが、半田が思い切り飛び上がった。


 エリア外から長い滞空時間のダイビングヘッドが炸裂する。


 前めに出ていた鹿海が、とても届かないボールを見送る。


 強い軌道だが、微かに重力の影響も受けるボールは無人の宙を進みながら、最後に垂れてゴールバーの下を通過した。



 スタンドも、海老塚のベンチも一斉に大騒ぎだ。


 高踏のベンチ前でも、陽人と後田が苦笑している。


「すんげえゴール……」


 河西のボレーというより回し蹴り気味のサイドへのパス、それをダイレクトで中に入れた斎藤のクロス、最後はダイビングヘッドで叩きこんだ半田の跳躍力。


 全てが一級品、とてつもないゴールだ。


 大会ベストゴールになっても不思議でない。


 ここまで完璧だともう笑うしかない。



 その苦笑が5分後には更に大きくなる。


 河西の横をワンツーで抜けた立神が右サイドを大きく抉る。


 そのまま自分で決めても構わないが、中に折り返した。


 そこに瑞江が飛び込んで高踏の4点目が入る。


 陽人は思わず海老塚のベンチを見た。


 テクニカルエリアにいる中松と目が合った。向こうも苦笑している。


「あんなすごいゴール決めておきながら、簡単にサイド取らせて追加点許すって、凄いというか何というか……」

「理解しがたいメンタリティだよな」


 それでも、反撃となる機会でも河西のハイボールからサイドに送られている。これは園口が先に追いついたが、攻めて走らせ、攻められて走らせるという形にはなりつつある。


「さすがにあれだけ長身の中盤にハイボールをあてられると、怜喜も苦しいな」


 中盤の底の陸平は、読みの正確さが武器であるが、河西が相手だとそれが活きない。


 陸平の半分程度の読みでも、河西にあててくることははっきりしている反面、圧倒的な高さがあるのでハイボールに対しては太刀打ちできない。高いボールをうまいことサイドに回されると、陸平もチェックする以上のことはできなくなる。


「ジャンプ力だけはある陽人をつけるという手はどうだろうか」


 後田が冗談交じりに言う。


「俺がついても、河西さんには勝てないから無意味だし、ファウルしてセットプレーの機会を与えるかもしれない」


 セットプレーになると、半田と宮本にディフェンダーの藤本、松村といった長身の選手があがってくる。高踏の選手で高さに信用できるのはキーパーの鹿海と武根くらいしかいないから圧倒的に不利である。



 更には。


「うーん、走る距離が長くなってくるとシュート精度も落ちるな」


 海老塚は稲城、颯田にはほぼフリーでボールを通させている。


 マークされている瑞江よりは、マークされていないところにパスが出るが、2人は技術的な面では決して巧いわけではないうえ、守備に戻るようになったことで走行距離が長くなった分、精度に乱れが出て来ている。



 前半が終了した。


 37分に立神も決めて、5-1。


 リードは4点。決められたゴールはとてつもないレベルのものだから、課題も何もない。


「これだけリードがあって逆転はないと思うが……」


 それでも後半、何か一慌てする展開はあるかもしれない。


 けろっとした様子で控室へと戻っている中松と海老塚の面々を見ながら、陽人は一抹の不安を感じていた。

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