1月2日 12:20
試合が始まり10分が経過した。
得点は2-0。4分に稲城、9分に瑞江が得点して高踏がリードしている。
海老塚高校のベンチで、中松博文が「あちゃ~」と声をあげる。
「こら、あかんわ。高踏には通用せえへんわ」
「そうですか?」
コーチがけげんな顔をする。コーチとは言っても、専門の勉強をしたコーチというわけではない。海老塚OBで「多少中松のやり方を知っている」という程度だから、戦術的な面では相談相手にならない。
「向こうのプレスとライン操作がうますぎる。パスはつなげへんし、ロングボールはラインが高すぎて半田も宮本はもちろん、河西までオフサイドや」
ロングボールを受ける場合、ラインを気にしなければならない。
それは慣れているはずだが、高踏の最終ラインはほぼハーフウェーに存在している。つまり、半田と宮本は自陣側から動かなければならない。
その勝手がまだ掴めていないようで、ボールが上がればほぼオフサイドとなり、イライラを募らせている。
「半田と宮本もそうやが、審判もあんなラインに慣れておらへん」
高校サッカーレベルでは最終ラインは自陣付近にあることが普通である。ハーフウェーまで上げてくるチームは皆無だ。
審判も勝手がつかめないが、とにかくハーフウェーは分かるので「海老塚の選手が敵陣からスタートしていればオフサイド」という認識になる。
パスを出した時点では実はオンサイドだったプレーも二、三度あるのだが、その一瞬を同時に捉えることは難しい。
ビデオ判定……VARがあれば別かもしれないが、高校サッカーでは予算的な都合で出来ていない。もっとも、仮にあったとしても、ハーフウェー付近でのオフサイドか否かというプレーを一々判定することもないだろう。
海老塚のサッカーは相手に攻めさせて、また守らせて、上下動を繰り返させてのスタミナ勝負である。
ここまでのところ、高踏は攻めてはいるが、守りに背走するシーンがない。
下がることがないのでスタミナ勝負にもちこめない。
更に下がらないまま攻め続けるので、当然得点の機会も更に増える。
実は海老塚は守備面で、最低限の工夫はしている。
得点源と思われる瑞江、戸狩、芦ケ原についてはパスをカットできるポジションを意識するように指示をしている。
得点源でない選手がシュートを打った場合、得点率は下がる。もちろん無失点とはいかないが、最終的に相手より1点でも多く取れば良いのが海老塚のやり方である。得点率の低い選手に優先的に打たせれば最終的にはこちらの有利になる、という発想だ。
しかし、それも限度がある。
10分で高踏のシュートは9本。9本で2点だから得点率事態は目論んだ通りだが、打たれている本数が多すぎる。
このままでは前半だけで30本以上シュートを打たれることになる。10点前後取られるかもしれない。
「ウチは中一日やけど、相手は中三日の選手も多いからな。スタミナ面でもむしろ不利やから、初戦みたいなラスト15分攻め放題という感じにはならへんやろうし」
「何か変えなあきまへんな。どないします?」
「タイムアウトやな」
タイムアウトをコールし、一度選手を集めて修正を加える。
コーチが目を丸くした。
「できるんですか?」
「アホ、できるわけないやろ。冗談に決まっとるわ」
何もかもうまくいっていないが、深刻に受け取ると、チーム全体に波及する。
自嘲的な冗談でも口にして、チームの雰囲気を保たないといけない。
ピッチ上では高踏が3点目をあげた。
バイタルエリアからボールを受けた園口が、スルスルと持ち上がってそのまま決めてしまった。時計はまだ14分。
「河西!」
中松は失点でプレーが途切れている間にトップ下にいる河西を呼んだ。
「今のままではボールが繋がらん。もう20メートルくらい後ろで受けろ」
「受けるのはええけど、そこからどうすればええんです?」
自陣内で受けても、そこから相手ゴールまでは60メートルくらいある。
河西は高さとキック精度には自信があるが、絶対的なキープ力があるわけではない。
持っている間にボールを奪われてしまうだろう。
「そこからサイドに流せ。疲れるから無理して上がらんでええ。後は宮本と半田に任せておけ」
「それで点取れるんですか?」
「そんなこと分かるかい。ただ、今のままではシュートを打てる可能性は1パーセントや。おまえが3回に1回サイドにきっちり流して、サイドが3回に1回ええボールをあげれば11パーセントや。1パーセントと11パーセント、どっちがええねん」
「そら11パーセントですわ」
「だったら、少し下がって受けい。磯辺と場所を変われ」
「よっしゃ、下がりますわ」
河西は納得した。
次いで、DF登録の佐々木を呼んだ。
「河西を下げるから、そこにハイボールあてろ」
「その後はどうするん?」
「うまくやってくれと祈ればええ」
「分かりました」
と話をしているうちに、主審が苛立った様子で笛を鳴らした。
「早くキックオフしなさい!」
「すんません!」
河西と佐々木が頭を下げながら、ピッチ内へと戻っていった。
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