1月2日 12:02

 三回戦の会場は、川崎・等々力。


 この日の第一試合は海老塚-高踏、第二試合は弘陽学館-高村学園が予定されている。


 第二試合が有力校同士の対戦とみられているため、第一試合のスタンドはやや閑散としていた。


 二回戦の西海大伯耆戦で超満員だったスタンドと比べるとかなり寂しい。


 この日、朝早くから会場に向かった結菜達にとっては拍子抜けの展開ではある。


「真田先生も言っていたけど、二回戦はやっぱり大野さん期待だったということよね」


 我妻の言葉を結菜も認めざるを得ないが、多少は不満もある。


「実力はともかくとして、今大会で一番目と二番目に変なチーム同士の対戦なのにねぇ」



 試合開始が近づいてきても、スタンドは半分強ほどしか埋まらない。


「まあ、スタンドが寂しい理由は高踏の応援団がほとんどいないからだけど……」


 二回戦でもほとんどいなかった応援団は更にその数を減らしている。


 東京の方に出てきているOBが多少はいるが、新年二日目から駆けつけるほど暇ではないだろう。


 一方の海老塚も、それほど多いとはいえない。


「海老塚は高踏と違う意味でサッカー強豪校ではないからね」


 藤沖が説明を始める。



 海老塚高校は学力という点ではかなり低い部類に属していて、俗に不良と呼ばれる生徒も多いらしい。


 元来、サッカー部が強いわけでもなかった。


 サッカー部が強化されるようになったのは、中松博文が監督になった9年前からである。


 当時23歳、教育実習を終えたばかりの中松は、サッカー部監督ができる赴任先を探していたようだが、新任だからえり好みはできない。空いていたのが海老塚高校しかなかったという。


 あまり評判が良くないだけに「あんなところはやめておけ」という制止も多かったようだが、どうしてもサッカー部監督になりたいと海老塚に赴任したらしい。


 こうして望み通りにサッカー部監督となった中松だが、当然最初は苦労した。


 不良生徒はそうでなくても言うことを聞いてくれないのに、相手は大学を出たばかりの新任である。戦術などを説明してもついてこない。


 そこで中松は好きなように攻めさせて失点を繰り返せば理解するだろうと、まずは本人達のやりたいように攻撃をさせた。ところが案に相違して失点以上に点を取れる機会の方が多かったという。


「中松君の偉いところは、そこで我を張らずに、”この面々には、守備を嫌々やらせるより徹底して点を取る工夫をさせた方が良いだろう”と切り替えたところだね」


 守備をやらせて負けると「先公のせいで負けた」となる。攻撃が足りずに負けたなら「お前達の努力が足りないからだ」と言える。だからひたすら攻めるようにさせた。


 かくして、2、3年も経つと海老塚は大阪では知る人ぞ知る愉快なチームという評価になった。


 それが更にワンランク上がり全国区となったのが、今の世代が入ってからだという。


「河西、半田、宮本の185センチ前後トリオが引いた相手からでも点を取れるから、ますます殴って殴られ、最後に殴り倒せるチームになったわけだ」



 昨年、選手権に初出場し、初戦4-5で敗戦。


 今年は総体に出場してベスト8。次第に評価をあげてきている。


「そうは言っても、あくまで噂レベルであって、一試合通じて見たのは昨日が初めてだったから、あそこまで破天荒とは思わなかったけどね」

「実際、河西さんとか評価はどうなんでしょう?」


 トップ下とも3トップの真ん中とも言える曖昧なポジションを取る17番の河西滉は、初戦2ゴールに加えて精度の高いキックも見せた。攻撃面で多才な才能をもつ選手である。


 しかし、全く守備をしない。そもそも後ろに走らない。


「Jチームは無理だよね。大学で守備を覚えたら、プロに行けるかもしれないけど」




 スターティングメンバーの発表が始まった。


 高踏は一回戦と同じメンバーだ。


 二回戦で足を踏まれた芦ケ原も問題なく出て来ている。


 一方の海老塚も、初戦だった二回戦と同じメンバーだ。


スタメン:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818023213592265309



「前にいる三人に、とことんタフな両サイドをどうするかが、鍵になるんだろうか。正直、予想が立たない試合になるかもしれない」

「どちらが勝つかは別にして二回戦みたいなスコアになるかもしれませんね」

「そうだね。下手すれば、この試合で瑞江が得点王なんてことになるかも」


 海老塚は前線の三人で得点が分かれるが、高踏は瑞江の得点率が高い。


 仮に9-7で負けたとしても、瑞江が6点取って10点、という可能性はありうる。


「西海大伯耆が勝てていれば、大野のゴールも凄いことになっていたかもしれない」



 12時になり、選手達が入場してきた。


 やはり瑞江への声援が多い。もっとも、他が分からないから、というのが一番の理由だろう。


 何故か真田に対しても「監督~、頑張れよ」という声がちらほらと飛んでいる。前の試合で負傷したということが知られているからだろう。

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