1月1日 10:18
元旦。
高踏高校サッカー部のメンバーは川崎大師に初詣に訪れていた。
川崎大師を選んだのは、行くに遠い距離ではないし、関東では明治神宮、成田山新勝寺と並んで参拝客が多いから、という非常にミーハーなものだ。
ついてきているのは瑞江と戸狩、園口を除く部員全員と、藤沖を除くスタンド組全員。
瑞江と戸狩は取材があるため不在だ。園口も小学生時代に取り上げていた旧知の者に呼ばれたらしい。藤沖は一人で行動したいということだ。どこか美味しい酒でも飲める場所を探すのかもしれない。
真田は今回の選手権に合わせて家族が箱根旅行に来ているため、昨晩は箱根で宿泊していた。今日の夕方に横浜に戻ってくるという。
本人としては元旦も泊まって、二日朝の試合会場への出発前の合流を希望していたようだが。
「三回戦は川崎だから、ちょっとでも遅れると放置になるかもしれないぞ」
という、県役員の脅しに屈して、一日早く戻ることになったという。
全国でも屈指の初詣スポットとして有名な川崎大師だ。当然、朝から物凄い人だかりができていて、行列がほとんど進まない。
「おおっ、兄さん、あそこ、あそこ」
そんな中、結菜が何かを見つけて驚きの声をあげる。
彼女の指さす先を見ると、黄色と青色のジャージーを着た集団がいる。
「弘陽学館だよ」
「本当だ」
今大会の優勝候補・千葉代表の弘陽学館だ。
大野のような超大物はいないが、U18の招集経験がある者が9人。卒業後にJリーグに進む者も4人いるという。昨年の大会はベスト4、夏の総体は準優勝、この冬の選手権は優勝以外に狙うものがない。
ただ、そのことより陽人が気になったのは。
「千葉からだったら、家から会場まで来られないのかな?」
弘陽学館のいるグループは高踏の隣側。会場は川崎である。だから、川崎大師にいるということは不思議ではないが、同じ関東のチームである。
自宅から来ることができるのではないか。
「そんなことしていたらコンディションが整わずに優勝できないのよ。高踏とは違うのよ」
「まあ、それはそうだが……」
「海老塚に勝ったら、次は多分弘陽学館だよ」
「うーん……」
それもまた問題だ。
三回戦の海老塚戦は、中三日となる主力組が戦うことになるが、海老塚の戦い方はかなり変則的である。勝てたとしても疲労困憊となるだろう。
そうなると、そこから中一日の弘陽学館戦にはなるべく出したくない。
となると、二回戦のジレンマが再びとなる。
「せっかくだから、弘陽学館に勝てるようにお願いしようか?」
「いや、無理だろ。それにおまえは、まず受験の合格だろ?」
陽人は呆れたように妹を見た。近くにいる我妻や辻も「そうだねー」と頷く。
「弘陽学館以前に、明日の海老塚が色々と不気味だよね」
陸平の言葉に一同が頷く。
「あんな破天荒なサッカーは見たことがないからな」
「ウチもかなり破天荒な部類なんだろうけれど……」
高校サッカーで、全員攻撃・全員守備をここまで徹底するチームは実はないらしいということは理解できていた。
とはいえ、それはセオリーなどを突き詰めていったうえでのことである。変に見えることでも、筋は通っている。
しかし、海老塚はサッカーの基本的なセオリーを何点か意図的に無視している。止められる失点を止めようとしない、相手に好きなようにやらせるというあたりは理解できない。
「ただ、あれも、あれで筋は通っているのかも」
と陸平が解説する。
「無尽蔵のスタミナがあって、圧倒的に高い前線がいる。打ち合い上等、相手が下がったら高さで崩す。走り負けすると一気に大量点を喫する恐怖があるから、攻撃する時に『取らないと』というプレッシャーがかかってより疲れるのが早くなる」
「確かに何点取っても油断できないっていうのは不気味だな」
普通の相手なら5点差でもつければ、まず相手は諦める。
ところが海老塚にとっては5点、6点差つけられることは頻繁ではないが、時々起こることだ。それで諦めるということはないし、そこから逆転したことも一度や二度ではない。
「そうは言っても、結局は一つ一つのプレーの積み重ねだ。終盤なら得点が倍になるとか、何かやれば満塁ホームランになるってわけでもない。先のことを考えても仕方ないわけで、いつも通りにやっていくだけだ」
「そうだね。それに次で負けても、三回戦まで進んだから、深戸学院や鳴峰館にも顔向けできるしね」
と陸平が言えば、結菜はもっと辛辣な現実を口にする。
「それどころか、高踏の学生は『もういいよ。変に勝っても面倒だし次で負けてくれ』って思っているかもしれないしね」
「確かに……。この中にも内心では『正月までには帰りたかった』って思っているのもいるかもしれないしな」
陽人の言葉に「いやいや、それはないだろ」と何人かが言い出し、それに対して「言い出すということは、ちょっとは考えていただろ」とツッコミが入る。
「皆さん、ここで止まっていると後ろの人の邪魔ですよ」
稲城がのんびりとした口調で言った。確かにその場で待機しているうちに列が先に進んでいる。
「おっと、これはまずい」
全員、慌てて列の最後尾を追いかける。
そして、それぞれの初詣を済ませていった。
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