12月31日 14:35
高踏側への質疑応答。
最初はもちろん真田だ。
『ハーフタイムは災難だったと思いますが、負傷は大丈夫でしょうか?』
「大丈夫ですよ。当たった時はびっくりしましたが」
気丈に答えている、という様子でもない。
普通に大丈夫なのだろう。
『この試合、大きくメンバーを変えてきました。その意図は?』
問題となりそうな質問が飛んだ。
瑞江ともども不安そうに真田の返答を待つ。
常日頃であれば、マネージャーが色々準備させている。
この試合も、先程まで医務室でその準備をしていたのであろうが、果たして負傷の後、きちんと覚えているのかどうか。
真田は表情を変えずに答える。
「チームの皆で話し合い、決めました」
『この試合に出ていたメンバーには、サッカー歴の浅い選手もいたようですが、そのことに対する不安はなかったのでしょうか?』
「不安? 誰を出しても不安だらけですよ。不安のない選手起用があるのなら教えてほしいくらいです。貴方が責任を取ってくれるなら、三回戦はそのメンバーで臨みますよ?」
(うん?)
何やら雲行きがおかしくなってきた気がした。
『ファンの多くは大野君と瑞江君のマッチアップを期待していたと思いますが』
「大野君はともかく、瑞江のファンなんてまずいないでしょ。あったのは大野君が勝つ期待だけで、瑞江が勝つ期待なんてありませんよ」
「ぶはっ」
瑞江が思わず噴き出した。
確かに大野はよく知られているが、瑞江は「県大会で21点取った」、「初戦で4点取った」という話が独り歩きしていて興味対象にはなるだろうが、「ファンである」ということはないだろう。
高踏のファンにしても同様である。そもそも総体予選もリーグ戦も未登録のチームであるから、ファンのなりようがない。
「そういう点では、ヒールが勝ってしまって申し訳ないと思っております」
瑞江が完全に下を向いてしまった。上を向くと笑ってしまうのを堪えているようだ。
確かに痛快というか、本音爆発で面白い。しかし、質疑応答的にこれで良いのかという疑問も浮かんでくる。
別の記者が手をあげた。
司会が空気を変えたいようでその記者を指さす。
『月刊サッカーレポートの太田と申します。確かに高踏高校は全く無名でして、知る人もいませんでしたが、初戦と今日の試合を観たことで、今後ファンは増えると思います。また、監督さんの大胆なやりとりも人気になるかもしれませんね』
皮肉なのか、本音なのか、真田の発言姿勢にも一言入り、真田も「それは失礼しました」と軽く首を傾ける。
『起用法については選手で話し合ったということですが、正直、試合では西海大伯耆を圧倒していました。先ほど西海大伯耆の小川監督も「監督の差」とおっしゃっていましたが、内容面についてはどう評価されていますか?』
「僕がやっていたのは、前半はベンチ外でうるさい酔っ払いとの喧嘩、後半は医務室で面倒くさい医師との喧嘩、今はひょっとしたらここにいる皆さんと喧嘩しています。試合には全く関与していませんので、内容については選手達に聞いてください」
喧嘩、喧嘩という言葉に記者陣からも微かな笑いが起きる。
『ただ、事前の準備などで何かしら差があったのではないかと……』
「今日、選手を大きく変えた原因は何だと思いますか?」
唐突に真田から質問をした。
『……中一日ですので、コンディション的なものでしょうか?』
「そうです。試合するメンバーを出すのに精いっぱいですので、準備やら何やらできるわけありません。それに当然ですが、我々だけで試合できるはずもありません。相手の状況だってあります。先ほど大野君がケガをしていた、みたいな話もありましたし」
『……確かにそうですね』
「ゲームみたいに考えないでいただきたい。やっているのは人間なのですから」
『失礼しました』
真田が完全に場を制圧してしまった。
(何で真田先生、今日はこんなに色々話しているんだ? 頭を打ったから?)
と失礼なことを考えた陽人は、そこではたと気づく。
(あっ、そういえば、話題が選手起用に関することでサッカーそのものの話じゃないや)
システムがどう、とかこの場面でこの選手を起用した意図がこう、といった話題になると真田には対応できない。
しかし、今やっているのはスタメン選定などの各種競技に普遍的なことである。これなら真田も対応できるのだろうし、「そもそも試合を観ていなかった」という事実があるので内容面の説明もスルッと逃げられる。
その結果として、いつもの五倍十倍と話をしても平気なようだ。
最後にとどめとも言える一言を放った。
「僕はサッカーについては素人的な部分もありますので、色々変なことをしていると思われることは理解していますが……」
(うっわぁ……)
真田がサッカーの素人というのは事実である。
しかし、見る側にとっては真田は玄人という認識である。それが「僕は素人なんて」言い出すと、嫌味たらしいへりくだりにしか見えなくなる。
真田の質疑応答の後、自分達の順番が回ってきたが、あまりたいしたことは聞かれなかった。佐久間サラの方が辛辣だが、余程サッカーを見ていたように思えたほどだ。
真田と記者のやりとりは面白かった。
しかし、これで不満を持った記者がいないかどうか、そのことがどうしても気になった。
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