12月31日 14:20

 陽人を含めたメンバーは全員、控室に戻った。


 まだ真田は戻ってきていないが、マネージャーの高梨と卯月は戻ってきている。


「会見には出られるみたいです」


 との報告を受ける。


 引き続き公式の監督がいないため、カメラマンはいない。


 陽人は全員を見た。


「えー、まず……、足を引っ張ってすまん」


 そう言って頭を下げると、笑いが起きる。陸平が続けて頭を下げた。


「まさか陽人が試合に出るなんて思っていなかったよ。僕もしっかり了解を取らずにベンチを離れてしまって申し訳ない」

「……いいんじゃないの? 陽人も試合に出られたし、あとは雄大だけだ」


 颯田が軽口を飛ばして、後田の方を向いたが、向かれた側は露骨に拒否反応を示す。


「お、俺はいいよ。俺が出たら陽人どころのミスではなくなってしまう」


 雰囲気が和んだところで、陽人が話を続ける。


「何やかんやと新年も関東で迎えることになってしまった。明日はオフにするけれども、ハーフタイムの騒ぎを見ても分かるように、何かやるとトラブルになるかもしれないから、人出の多いところは避けるようにしよう」

「了解」

「次の試合だけど、正直残ると思っていなかったから全く考えていなかった。資料も何もないけど、藤沖さんや結菜が見ているとは思うから、俺は後で聞くだけ聞いておく」

「ミーティングはやるの?」

「やらない。明日いきなり頭に詰め込んでも逆に自分の動きが出来なくなるだけだろう。分かっていたつもりだけど、これだけ間隔が短いとサッカーそのものや戦術の勝負というよりは、コンディショニングと調整の勝負になってくるし……」


 今日の試合にしても、出る予定のなかった陽人が登場するくらいである。


 相手を研究してどうと言うより、まずはきちんとしたメンバーを揃えて、万全の状態に持っていくことが優先になる。


「まあ、深戸学院も昨年……まだ今年か。三回戦で敗退したから、気楽に行こう」

「そうだな」

「じゃ、解散。達樹は会見もあるからついてきて」

「へいへい」


 陽人は瑞江を伴って、今度は記者会見室へと向かった。



 会見室に向かうと入り口には既に真田が立っていた。頭に包帯を巻いているが、表情に苦しそうなものはない。


「大丈夫ですか?」


 尋ねると、苛立たしさを隠さずに答えた。


「大丈夫だよ。医師が止めなければ、あの馬鹿を捕まえて、久々に大外刈りをさく裂させてやろうと思ったのに」


 真田はそう息巻いていて、瑞江が小声で聞いてきた。


「……真田先生、柔道強いのか?」


 陽人も小声で答える。


「分からない。俺も柔道の技を言うのを初めて聞いた」


 そのまましばらく待っていると、西海大伯耆の監督の小川卓也、更に大野と杉本が姿を現す。



 一回戦もそうであったが、敗者相手には中々声をかけづらい。


 無言のまま待っていると、すぐに係員から呼ばれて西海大側が中に入っていった。続いて陽人達も案内されて、隣側の席に座る。


 まずは西海大伯耆からだ。監督の小川に記者からの質問が飛ぶ。


『今日の試合を振り返って一言お願いします』

「……高踏高校は強かった。それだけです」

『傍目からは終始押されているように見えました。何か手を打ったのでしょうか?』

「細かい指示は出しました。ただ、チームとして上回られていたので、個々人の対応ではどうにもなりませんでした。一言で言えば監督の差です」


 微かなどよめきがあがり、何人かが真田の方に視線を移した。


 質問が続く。


『大野君の調子はどうだったのでしょうか?』

「正直に申せば、県予選の準決勝の頃から左足首に痛みを抱えているとのことでした。ただ、このチームは大野のチームですし、故障があっても大野より良いプレーをする選手はいません。最後の大会ということもありますし、心中しようと思っておりました」


 なるほど、と思った。


 今は一年であるから、最後も何もない。もちろん、来年以降、全国大会に出られる保証はないが、少なくとも試合の機会はまだまだある。


 しかし、自分達もいずれは最終学年を迎える。


 その時、果たして全体を考え続けるのか、あるいは最後の大会を迎えた貢献者のことを考えるのか。


 一体どうなるのだろうか。陽人にはまだその日の姿は見えない。



 続いて質問が大野に移った。


『故障をしていたということですが?』

「そこまで酷いものではありません」


 本人は否定したが、実際は割と痛かったのではないかと陽人は想像した。


 試合全体を通じて石狩とのマッチアップに苦労していたが、本調子ならそれはありえなかっただろう。


『それでも大会通じて4得点は立派なものです』

「負ければ意味はありません」

『最後のシーン、良いシュートでしたが止められてしまいました』

「……ボールとゴールは見えていましたが、ゴールキーパーは見えませんでした。まだまだ落ち着きが足りなかったということです」

『……ありがとうございました』


 可哀相に、杉本には質問もないようで西海大伯耆側への質問は終わった。


 彼らは一礼して立ち上がり、会見室を出て行く。



 続いて、高踏側の質疑応答に入る。

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