12月31日 13:59
スタンドではいたるところから悲鳴と歓声が上がったあと、一斉に大きな溜息が聞こえた。その後、両チームに対して拍手が送られる。
一段落ついた後、結菜が辻に話しかける。
「佳彰、須貝さん、最後のシュートをどうやって止めたの?」
大野がシュートを打った。気づいたら須貝がボールを確保していた。
結果だけは分かるが経過が分からない。誰もが決まったと思ったシュートがどうして取れたのか。
「うん、ちょっと確認してみるよ」
撮り終えたばかりの試合映像を端末で再生し、最後のシーンのみ映し出す。
コーナーの最初では特別な動きはない。
「コーナーキックが自分に届かない位置だと判断して、ステイしている。その後も待機だ。ここまでは普通だけど」
次に須貝は大野の位置を確認して、彼のシュートコースを塞ぐ位置に一歩跳んだ。
「……何で?」
「……これはもう、第六感というか、最後に大野がシュートを打つと思ったんだろうね」
藤沖も確たる理由を飲み込めていないが、とにかく須貝は大野をマークする位置に移動した。
そこにクリアミスをしたボールが転がってきた。大野は半ば反射的にシュートを打ったが、須貝は大野の正面にいたので、体を倒してしっかり確保した。
「……逆に大野が周囲を冷静に見ていたら、別の誰かに渡して同点だった。瑞江なら、そうしたかもしれない。けど、エースなら、この場面は打つしかないよね」
「とりあえず、兄さんは須貝さんにお歳暮送らないと」
「お歳暮はともかく、今後は彼をセットプレーでエリア内に置かない方がいいだろうね」
オウンゴールにクリアミス、およそ良いイメージはないだろう。
今後使い続けても、深層心理的なミスをする可能性がある。
一方の陽人。
整列して、一礼した後、足早に外に向かった。
勝つには勝ったが、オウンゴールはするわ、最後危うく失点直結のプレーをするわと最悪である。穴があったら入りたいくらいの気分だ。
ところがカメラがこちらに近づいてくる。
何でだよ、と思ったが、考えてみれば監督の真田が負傷で医務室にいる。
となると、チーム代表としてキャプテンの自分のところに来るのだろう。
しかも、インタビュアーは佐久間サラのようだ。自分の精神状態故か、何故か嘲笑を浮かべて近づいてくる様にすら見える。
『放送席、放送席。勝ちました高踏高校のキャプテン・天宮選手に伺いたいと思います。三回戦進出、おめでとうございます!』
「……ありがとうございます」
『ハーフタイムに、真田監督がまさかのトラブルで離脱しました。チームはどうだったのですか?』
「とにかく試合に集中するだけだと思っていましたし、それができたと思います」
まさか、いてもいなくても変わりがない、などとは言えない。
『瑞江選手は後半から起用となりましたが、これは作戦だったのでしょうか?』
「そうですね。取材などもあって、へばっていましたし、無理はしたくないと思いました」
『その分、三回戦は期待しています! ありがとうございました、高踏高校キャプテンの天宮陽人選手でした!』
「ありがとうございます」
佐久間はそこでマイクを切って、ニッと笑う。これからが本番、というような感じの笑いに見えた。
「……もう一つ聞いていいでしょ?」
「……何でしょうか?」
「天宮君、途中出場で入る時、すごく嫌そうな顔をしていたわよね? 個人としても散々だったし」
耳に痛い指摘である。
「私、色々試合会場回っているけれど、全国大会で試合に出られるとなったら、みんな、どれだけ負けていても嬉しそうで充実した顔をしているものよ。君みたいに試合に出られるのにあんなに嫌そうな顔をするのを見たのは初めて。何か理由があるの?」
「いえ、別に……。喜んではいましたけど、顔がそう見えただけでは?」
答えつつも、内心は複雑だ。
高校に入ると決まった時は、もちろん、試合に出たいと思っていた。
あの時の自分に、全国高校選手権で僅かでも試合に出られるなんて言えば、大喜びをしていただろう。
実際にはどうか。
急に試合に出なければならないとなって、感じたのは高揚というよりは狼狽であった。
仮にもう一人、誰か前めでプレーできる選手がいたのなら、間違いなく自分ではなくその選手を起用していただろう。ピッチの中ではなく、ベンチから状況を確認したいという気持ちの方が大きかったのは間違いない。
(その結果として、芸能人にすらバレるくらいに嫌そうな顔に見えたのか……)
プレーそのものも酷かったが、それ以上に準備がなっていなかった。
色々な状況を想定していたし、予想外のことも起こると思っていた。パニックにならないように練習に工夫をしていたはずが、自分が見事にパニックに陥ってしまった。
反省ばかりだが、結果が最悪なものに終わらなかったことは収穫だった。
早く記録にしておこうと思ったら、再び佐久間が声をかけてくる。
「天宮君」
「……まだ何かあるんですか?」
多少苛立った口調で答えた。マイクも切っているのに、いい加減にしてくれ、そういう思いが湧いてくる。
「良いお年を」
「……あ」
そうだ、今日は大晦日だったと改めて思いだした。
「どうも……。良いお年を」
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