12月31日 13:49

 オウンゴールによる得点にスタンドも一瞬、空気が固まった。


 結菜が苦笑まじりに口を開く。


「ファーストタッチでオウンゴールなんて、ある意味”持っている”わねぇ……」

「オウンゴールでなければ物凄く様になるヘディングだったね……」


 我妻も笑うしかないというような様子だ。


「失点の形はともあれ、そもそもセットプレーになるとどうしても不利だからね。なるべくならセットプレーそのものを与えたくないところだ」


 藤沖は時計を見る。


 あと13分、ロスタイムを入れれば15分くらいであろうか。



 試合が再開した。


「このメンバーなら、仮にもう1点取られてPK戦でも御の字ではあるけどね」


 藤沖は改めてメンバー表を眺める。


 中盤はミスが生じると危険なので、陽人は左ウイングの位置に入っている。そこから積極的にチェイシングを行っている。


終盤の布陣:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818023213418780505


「西海大伯耆はもう少し何かしても良かったと思うんですけどね」


 結菜の言葉に、我妻達も頷く。


 メンバーを変えてロングボール主体という意図ははっきりしたが、全体としてバラバラというイメージは否めない。前半半ば以降ずっとこの状態で、もう少し人を変えるか、やり方を変えるか、何かあったのではないかと思えてならない。


 藤沖も「そうだね」と一旦は頷いたが。


「ただ、実はスタンドで見るより、西海大側は色々やっているのかもしれない。それが形として見えないだけで」

「と言いますと?」

「高踏と違って、西海大伯耆には明確なコンセプトがない。強いて言うなら、困ったら大野かフアン頼みというところだ。だから、指示を出しても、何のための指示なのか選手が消化できない。ただ指示だけに形だけ従うだけで個々の動きにしかならない。チームとしての形にはならない」

「なるほど……」

「高踏はチーム戦術を徹底しているけれど、それが規律でガチガチを意味しないところが厄介なんだよね。さっきも言ったけど、コンセプトがあって、それを目指すうえでは自由にやることも構わない。単純なパターン化ではないから相手は予想しづらい。だから、指示を出しても効果が出ない」


 そんな話をしているうちにも、時間が経過していく。


 この時間帯になっても、高踏は下がらず前に出ている。


「下がってブロックを作ってもフアンを止めるのは厳しいだろうし、セットプレーに繋がる恐れもある。可能性という点では、ゴールから遠ざけてしまった方が賢いのは間違いない」


 とはいえ、実際にこれだけリスキーな方法を採れる指揮官はいないだろうけれど、そう藤沖は付け加えもする。


 ついに後半40分を回った。



 ライン際でロスタイムの表示がされる。3分だ。


「長いね……」


 そのロスタイムも2分がすぐに過ぎる。



 西海大伯耆は最後の力を振り絞ってボールを奪いに行く。


 左サイドの曽根本から少し長めのパスが戸狩に通ったが、すぐに真崎に奪われた。


「戸狩の出場時間は35分……、ちょっと落ちたかな」


 藤沖が時計を逆算して考える。


 戸狩は後半途中から出ることが決まって以降、最初から全力プレーで相手の脅威にはなっているが、その分、へばるのも早い。



 ボールを奪った真崎はロングボールを入れる。だが、陽人のプレスもあって精度は不十分だ。


 エリアのかなり外のあたりに浮いている。



 道明寺がフアンにくっついて備えているが、笛が鳴った。ユニフォームを引っ張ったということらしい。警告が出される。


「これが最後のプレーか」


 西海大伯耆のフリーキック。蹴りに行くのは10番の杉本。


 布陣は似たような形で、陽人は今回も真崎につく。



「またオウンゴールとかやったりしないよね……」


 結菜が不安げな言葉をあげる。その直後に杉本がボールを蹴り込んだ。


 今度はニアのフアンを狙った。櫛木とフアンが激しく競り合う。


 しかし、結局どちらもボールに触れない、低いボールが2人を抜けて陽人の足下に収まった。


「クリア!」


 スタンドから、ベンチから、付近から一斉に飛ぶ。


 陽人は大きく蹴ろうとしたが、荒れたグラウンドでボールが予期せぬバウンドをした。かすったようなキックを受け、力なく転がったボールが大野の足下に転がっていく。


「うわーっ!?」


 藤沖が、結菜が、我妻が、辻が、浅川が一斉に頭を抱えた。



 大野は反射的にシュートを打った。


 西海大伯耆のゴールキーパー・三宅が両手をあげて飛び上がろうとした。



『天宮がクリア……あっ! ミスパスになってしまった! 大野がシュート!』

『おぉーっ!?』

『止めたぁ! 高踏高校GK須貝康太! 大野弘人のシュートを止めました! ものすごい反射神経! これぞミラクルセーブ!』

『これは凄い! 信じられない! 本当にすごいセーブですよ!』

『そしてここで試合終了のホイッスル! 3-2! 一年生軍団・高踏高校が大野弘人擁する西海大伯耆に勝利し、三回戦へと進出です!』



 須貝は、自分の抱えるボールを見つめて、大きく息を吐きだした。


 そのまま唖然となっている陽人に近づき、軽く頭を叩いて言った。


「いくら何でも、こんなところでPK戦の練習はしたくないって」

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