12月31日 13:32

 スタンドで「陽人が出るなら、リードが欲しい」と思われている頃。



 当の本人も必死に追加点を願っていた。


「……せめて2点差あるところで出たいなぁ」


 誰も疲れていないのなら出る必要はないが、残念ながらそうはいかないようだ。


 前半からフアンに何度も吹っ飛ばされている篠倉は次第、次第に落ちてきている。最後まで走り切る公算はゼロといっていい。


 それは仕方ないが、出るとなれば、余裕が欲しい。


 1点では危険だ。せめて2点。


「いや、それチームのキャプテンが言うことか?」


 ウォームアップの様子を見ている林崎が聞きつけて笑う。


「2点差つけられたところで、『逆転するぞ!』とか言うのがキャプテンだぞ?」

「……それ、1日5時間以上、別の役割をやらされている人間に言うことじゃないから」

「ま、確かに……」



 そんなベンチの思いが届いたのか、どうか。


 瑞江がシュートを打った。ディフェンスに当たって右サイド側に流れていった。


 西海大伯耆の左サイド小高がボールを確保して、受け手を探す。


 その瞬間、右サイドの颯田が猛烈に追いかけて、そのままボールを奪い取った。まっすぐ戸狩に渡すと、一気に前に突っ込んでシュートを打った。


 後半25分、3-1。



 スタンドの藤沖達も一安心するとともに、戸狩の決定力に舌を巻く。


「深戸戦以降、完全に自信つけてしまったな」


 元々、チーム内で上手いと言うことは分かっていた。


 ただ、比較対象が少ないのでどこまで上手いかは分からなかったし、体力の無さという問題もあった。


 しかし、時間を限定して使った深戸戦でハットトリックをあげて以降は、「短い時間ならどこ相手でも行ける」という自信がついているようだ。


「2試合で3点目か。ワンチャン得点王も狙えそうだね」




 と同時に、篠倉が両ひざに手をあてた。もう無理だという意思表示。


 後田が立ち上がる。


「よし、陽人、交代だ」

「……了解」


 交代を告げに行ったところ、西海大伯耆もメンバーを変えるようで2人やってきた。


 相手のことながら呑気な交代だと思った。後半の開始直後、遅くても2点目を取られたところで変えるべきだったはずだ。


「遅いよ……」


 思わず声に出してしまった。向こう側が「何が?」とけげんな顔をする。


「あ、すみません。独り言です」


 誤魔化しつつも、遅すぎるという思いはぬぐえない。


(前半途中から、ずっとこっちの流れだったのに何で変えなかったんだろ。大野さんがいるから、劣勢でも点が取れると思っているのかな)



 西海大伯耆は右のサイドアタッカーの境田に変えてスピードのある後藤を。更にCBを一人入れてきた。これに伴い、フアンが前線に上がってくる。


 意図は明白。高さのあるフアンにロングボールを当てて、そのこぼれ球を大野や後藤に何とかしてもらおうというものだ。


(この展開なら、ますます怜喜が欲しかったなぁ)


 ロングボールに対しては、とにかく前から押し込んで精度を下げて、回収しようというものだ。陸平がいれば少しでも精度が悪ければマイボールにできるが、カバー範囲の狭い久村だとそこまでできないかもしれない。


(この点でも2点差がついて良かったけど、疲れたとはいえ高さが要求される展開だと純を残しておいた方が良かったかな……)



 3-1からの再開。相手は予想通りフアンにロングボールを放り込む。


 道明寺が競り合うが、パワーでは劣勢のようで後ろにヘディングしてしまった。結果、相手のコーナーキックとなった。



 セットプレーとなると、まずマークすべきはフアン、次に大野だ。他も長身の選手が2人いて要注意となる。


 櫛木がニアサイドのフアンに、道明寺がファーの大野についた。


 陽人は175センチと今のメンバーの中では高い部類で、ヘディングも強い方だ。そのため、真崎について押し合うことになる。


 西海大伯耆の10番・杉本がコーナーを蹴った。


(ここか……!?)


 どうやら自分のところに来そうだが、最初の出足は相手に勝った。そのまま落下点に入れそうだ。


 セーフティにボールを押し出そう、無意識に近い感覚ながらそう考えた時、視界の端に誰かの頭が伸びた。ボールの軌道が変わる。


(えっ……?)


 ここだと予想していた場所と、実際にヘディングの衝撃があった場所に若干のズレがあった。



『さあ、コーナーを杉本が蹴る! あ~っと! は、入りました! 後半27分、西海大伯耆がコーナーキックからオウンゴールを誘い、1点差に詰め寄ります!』

『……リプレーで観ますとニアで競り合った2人に当たって、ボールの軌道が少しだけ変わっていましたね。これは天宮君も反応できませんよ、不運でしたね。気を取り直してほしいです』

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