12月31日 13:21

 後半7分、芦ケ原に代わって戸狩が入る。



 スタンドの藤沖も結菜も首を傾げた。


「あれ、随分早い……」


 戸狩は出場時間を30分以内にすることで一番力を発揮するということは関係者なら全員が知っている。


 同点の現状、敢えて変える意味があるのか。


「って、結菜、お兄さんがアップしているよ!?」


 我妻の指摘に結菜も飛び上がる。


「えぇっ? 何で? って、随分ベンチが寂しくない?」

「本当だ。鈴原さんも陸平さんもいない。コンディション不良?」

「みたいだね。2人が使えないなら、芦ケ原の代わりは戸狩しかいない。で、次の交代となると天宮君が出て来るというわけか」

「うっわぁ……、いいムードなのに急に負けそうになってきたわ」

「結菜、それはさすがにあんまりじゃない?」


 兄に対して容赦のない結菜に、我妻も辻も苦笑する。



 交代で入った戸狩は、そのまま芦ケ原のポジションに入った。


「しかし、これだけ前めの選手が多くなって、守備は大丈夫なのかね……?」


 高踏は3トップの下に瑞江と戸狩である。攻撃的過ぎるのではないかと心配するが、すぐにそれが杞憂だったと分かる。


「問題ないね……」

「瑞江さんは県予選決勝でも初戦でも二列目でしたし、戸狩さんもスーパーサブになる以前は中盤の選手として出ていますから、中盤の動きもそこまで苦にはならないんじゃないですか?」

「……チームの戦い方が頭に入っているんだろうなぁ」


 この点は藤沖がもっとも舌を巻くところである。


 異なるポジションでプレーするということは簡単ではない。見える景色も近くにいる選手の質も変わる。ボールの追い方なども全く変わってくるから、普通はかなり戸惑うはずだ。


 ところが、高踏にはそうした部分を全く苦にしない選手が少なくない。


 何故かと考えた時に、全員がコンセプトをしっかり理解しているから、という理由しか考えられない。全員で前に出て、前から追い、ボールを取ったら前に行く。その中で自分の置かれた役割的にどう動けばいいのか。


 コンセプトに合わせて動いているからすり合わせと修正が早いのだろう。



「そうなると、西海大伯耆は何かを変えないとまずいんじゃないだろうか?」


 藤沖の視線は西海大伯耆の方に向く。


 後半もメンバーを変えていない。


 そして、内容も前半途中以降とほぼ変わりがない。ボール支配ができず、長い時間を守備に費やしている。


「これでいいのかなぁ。変えなくていいのかな?」


 藤沖は首を傾げた。


「大野に関しては、主催者側の要請があって替えづらいとかあるのかもしれないけど、その他の選手を替えていけないことはないと思うんだけどなぁ」

「そうですよねぇ。西海大伯耆はこれで良いと考えているんでしょうか?」

「良くないと思うんだけどねぇ」


 大野が石狩にてこずっているという事実があるにしても、そもそも大野にほとんどボールが渡っていないし、そこに行けそうな雰囲気も少ない。


 前半の途中までは大野が下がって受けるシーンもあったが、ゴールしたこともあってか後半は前線にはりついたままだ。



 高踏側がボールをキープしつつも決定機まではいかない状況で15分を迎えた。


 瑞江と戸狩の2人が目立つが、後半に入って一番目立っているのは右ウイングに入った颯田だ。いつも通りの激しいプレッシングで相手のミスを誘い、それを右サイドバックの南羽や戸狩が拾っている。


 この時間も、颯田のプレスで相手のパスが乱れた。


 南羽が拾い、すぐに戸狩に渡す。戸狩はダイレクトに瑞江に渡す。


 ボールを受けた瑞江はスムーズな動きで前を向き、水野をかわした。篠倉と櫛木が横に流れてゴール前のスペースを開ける。


 瑞江はそこに入り込もうとし、フアンが止めに入る。


 フアンを引き付けたところで、瑞江はパスを出した。パスを予期していなかったのだろう、ボールをフアンの股を抜ける。


 そこにリターンパスを貰いに戸狩が走り込んでいた。


 ノーマークのままシュート。



 大歓声がスタンドを包む。


 ベンチの方にガッツポーズをした瑞江がすぐに「えっ」という顔になる。


 注目されているだけに、その妙な様子は多くの観衆にもテレビカメラにも抜かれた。



『おや、どういうことでしょう? 高踏のベンチに監督の姿がありません』


 もっとも、テレビ実況が気づいた異変は別のことだ。


『……こちらに届いている情報によりますと、高踏高校の真田監督はハーフタイム中に酔った観客からペットボトルを投げつけられ、現在治療中ということです』

『ペットボトルを投げつけられたんですか? いけませんねぇ。マナーを守って観戦してほしいものです』


 と、テレビの実況席で遅まきながらベンチの様子が伝えられる。


 その後は、またいつもの実況の様子に戻る。


『高踏高校、後半から入った瑞江のアシストで勝ち越し点をあげました! 治療中の真田監督に届ける見事なパスでした! そして、ベンチの方ではここまで出場のないキャプテンの天宮陽人がアップを早めています。この後、途中投入があるのでしょうか!?』



 藤沖の携帯から流れる音声に、結菜が渋い顔をする。


「パスを出したのは瑞江さんだけど、実際に決めたのは戸狩さんなのにねぇ」

「日本の報道は、極端にスター偏重になってしまうんだよね……。片や大野、大野。こちらは瑞江、瑞江……」

「それにしても、天宮さんが出るならもう1点くらい取っておきたいですね」

「……彩夏、人のこと失礼とか言いながら、自分も結構失礼なこと言っていない?」

「えっ、そうだっけ?」


 当初、「陽人が出たら負けそうだ」と言っていた結菜を、我妻はいさめていた。


 その我妻は今、「陽人が入っても大丈夫なように2点差くらいにしておきたい」と言っている。


 認識に大きな変わりはなさそうだ。

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