12月31日 13:02

 前半終了直前の同点弾。


 とはいえ、高踏ベンチにいる陽人と後田も「まあ、仕方ない」という顔をしていた。スタンドにいる藤沖ほど割り切ってはいないが、元々大差負けもありうるくらいの想定だった。同点でも十分である。


「さて、控室に行くか……うん?」



 不意に後ろの方から「何だと、こらぁ!?」という怒声と共に「うわっ」という叫び声が聞こえた。


「何だ?」


 振り返った先に、人だかりがあった。人だかりの中に頭を押さえている人物がいる。真田だ。


「ど、どうしたの?」

「天宮さん、先生が……、上の人とトラブルを起こして」

「上の人?」


 どうやらスタンドのようだが、上を見ると誰もいない。


「ペットボトルを投げてきて、それが先生に当たって、警備員の人が捕まえに行ったので逃げたみたいです」

「えっ、えっ、どういうことなの?」


 さっぱり訳が分からない。




 真田はスタンドから投げ込まれたペットボトルの直撃を頭に食らったらしい。本人はカンカンで何やら文句を言っているが、場所が場所ということで、医務室へと直行することになった。


 ざわめきが起きている中、卯月と高梨から状況を確認する。


「酔っていたのか分からないんですけど、スタンドの最前列に瑞江さんがいないことに大声で文句言っている人がいて」

「……はぁ」


 あまりにうるさいので、真田が静かにするように諭そうとしたようだが。


「そうしたら、『俺は金を払って見に来ているんだ。お客様だぞ』みたいなことを言いだしたのですが、先生が」


 真田は「悪いけど、ウチはプロではないからお客様第一ではないし、プロであってもオタクみたいなモンスタークレーマーにあれこれ言われる筋合いはないでしょ」と答えたらしい。


「ま、まあ、真田先生なら言うかもしれない……」


 部活顧問が残業だと言ってはばからない真田である。その部分での能力の無さを自嘲的にネタにすることはあるが、不当な主張に屈することはない。


「そうしたら、相手は『こっちは取材で来ているんだぞ。いくらでも悪い記事を書けるんだぞ』とか言ってきたので……」

「段々真田先生もヒートアップしてきたわけか」

「はい……」


 真田は「高踏高校は選手起用に文句を言っても変えてくれない酷いところでした。数ある二回戦の試合から、こんな酷い試合を選んだ自分は見る目のない奴ですって書くの? いいよ」と厭味ったらしく返したという。


 それに対して相手が怒って缶とペットボトルを投げつけて逃げた、らしい。


「はぁ……」


 絶句していると、県サッカーの役員が来た。


「あ、いいよ。君達は控室に行ってもらって。ここは我々で何とかするから」


 と言った後、「あぁ」と慨嘆する。


「でも、監督がいないと辛いよなぁ」

「ハハハ……ま、まあ、頑張ります」




 騒々しい状況の中、選手達は控室に戻ってきた。


 落ち着かないが、トラブルのせいか一回戦のハーフタイム時にはいたカメラクルーがいないのは好都合だ。


「えーっと、前半だけど……」


 ただし、予期せぬトラブルがあったことで前半の内容が半分くらい飛びそうになっていた。


「……非常に良かったと思う。元々負けて折り返すことを考えていたから、同点は御の字だ。後半も基本的にはこれで行こうと思う」

「俺達は後半も出るの?」


 園口が尋ねてきた。


 この二回戦はメンバー総とっかえではあるが、鹿海の出場停止もあって人数が足りない。そのため、園口、立神、稲城の三人は連続して出場している。


 仮に一試合を任せると、もし勝った場合には中一日での三戦目に臨むことになる。これは避けたい。


「いや、後半は隆義と真人に、希仁は五樹と交代する」

「俺も出ようか?」


 瑞江が割って入ってきた。


「後半から出ておけば、一応カッコはつくんじゃないか?」


 先ほどの真田と酔客のトラブルを言っているようだ。


 確かに後半から出れば、「元々後半から起用するつもりだった」と言える。口論をした真田の立場を強化することにはなるが。


「先生の性格なら一言余計なことを言いそうな気もするなぁ……。ま、いいか……分かった。じゃあ、耀太のポジションで」

「そっち? 中盤で出るの?」

「達樹が入ると、向こうも『絶対にやらせるか』とマークに来るだろう。特にフアンが絶対に出て来る。となると、15分に真治を入れて、フアンが前に出たところを崩す形にできるかなと」

「なるほど……。ヘイト集めやるわけね」


 瑞江も意図を理解したようだ。



「もう一人は真人かな」

「あ、その点だけど、一昨日蹴られたところが、ちょっとまだ痛むんだよ。出れないことはないんだが、隆義との二択でいいなら、隆義と替わってくれないか?」


 そう言って、鈴原は右足を見せる。


 初戦で蹴られた箇所がまだ結構腫れているようだ。無理はできるが、できれば控えたいという思いが伝わってくる。


「俺は大丈夫だ。後半やれるよ」


 芦ケ原が答えた。


「じゃ、隆義に任せよう。真人は無理せず医務室に行っていてくれ」


 そう指示を出して、あらためて後半の展開を説明する。


「スタートで三枚交代。方針は前半と変わらないままで、後半15分に真治を起用する。あとは疲れたところをもう一枚替える形でいく」

「おーっ!」



 後半の形は決まった。


 はずだったが……。

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