12月31日 12:46
フアンが上がっていくが、その気合ほどボールは前に進まない。
中盤で久村がカットして、素早く園口に繋いだ。
エリア内に向かう篠倉にボールが通る。
「よし、行け!」
期待を負って前進する篠倉だが、もう一人のセンターバック真崎が迫る。気づいて櫛木にパスを回し、フリーの櫛木がシュートを打つが……
「あぁ~……」
シュートは枠を外れていってしまった。
「それでいいぞ!」
とはいえ、初めてフォワードがシュートまで持っていけたのだから、形は悪くない。
陽人も後田も、手を叩いている。
「西海大はこのままだとまずいね……」
スタンドの藤沖がベンチの方を見た。
西海大のベンチからはフアンに対して「前に出るな」という声が飛んでいる。
フアンはそれに対して苛立ったような様子を見せる。
「思うようにいかなくて、自分達からペースを乱している」
「大野さんがうまく機能していないから、色々不安定になっていますね」
その大野、そもそもいい形でボールが来なくなったこともあって下がって受ける機会がますます増えてきた。
そこから効果的なパスを通せてはいるのだが、西海大伯耆の強さというのは大野とフアンが敵陣・自陣でしっかりと存在感を発揮できてことだ。大野が下がってパスを出しても、代わりに中に入る
「このあたりがサッカーの不思議なところなんだよね」
選手個人の能力で言えば、王や境田は今日の高踏の4バックをかなり上回るはずである。
ところが、大野というより優れた個が存在していて、それがうまく機能していない。そうなると不思議なもので、大野との比較で王や境田の個が更に小さく見えてしまう。
石狩が次第に自信に満ちたプレーを見せるようになってきている。
「……西海大、点が取れる雰囲気がないな……」
仮にシュートを打てても、須貝康太のポジショニングが非常に良い。ミスをしない限りは入りそうにないという雰囲気がある。
「うーむ、二軍だと思っていたけれど、ずっと一軍と練習しているだけあって、レベルが上がってきているなぁ」
展開が動かないまま、前半30分を回った。
スコアも1-0と予想より動かないし、何よりシュート自体が少ない。高踏は3本だし、西海大も4本。石狩が決めたシーン以外にスタンドのファンが立ち上がりそうになるシーンがない。
『門さん、高踏はこの展開ですと後半、瑞江君を出してくるのでしょうか?』
実況の声には若干の不満が含まれているように聞こえた。テレビ的に「大野対瑞江」という看板を捨てきれないのももちろんであるが、試合自体に盛り上がりに欠ける部分も大きいだろう。
高踏の攻め手の無さは力不足である。ビルドアップまではできているが、ファイナルサードを攻略できる手立てを持っていない。フアンはもちろん、真崎相手でも苦労しているのが全てだ。
一方、西海大伯耆が攻められないのはチームがうまくいっていないからだ。大野が不調で、それに引きずられるように全体のパフォーマンスが低下している。
「面白くないといえば、面白くない展開だ」
ロースコアゲームでも互いの守備が良ければ見ごたえがあるが、どちらかというお互いの攻めが機能していないロースコア。フラストレーションの溜まる展開である。
「ただ、このまま終わると後半の入り方が難しいかもしれない」
「そうですね」
藤沖の言葉に結菜も同意する。
高踏のここまでの戦いは悪くはない。むしろ望外なほどに良い。下手に変えると流れを失う危険性がある。
しかし、現状のままではこれ以上の得点を望めない。
リードは僅か1点であり、後半、西海大伯耆は間違いなくもっと前に出て来る。
失点を喫したら非常に厳しい展開となるだろう。
「このまま終われば、追加点を狙いに行くか、守りに行くか。これまでの天宮君のやり方からすると、追加点を狙いに行くスタイルだけど……」
点を取りに行くとなれば、瑞江や芦ケ原と言ったシュートを打てるオプションが必要となるだろう。
視線を再びピッチに移すと、ロングボールが西海大伯耆の左サイド・王崑建へと出た。そこに南羽が寄る。王は一対一でかわそうとし、南羽はライン側に押し出してボールを外に出そうとする。
王は無理にかわそうとして、右手で南羽を押した。
「押した!」
声がいたるところから飛んだが、笛が鳴らない。主審の死角になっていたらしい。
王がサイド深くまで切れ込んだ。
そのままクロスを中に送る。クリアしようとする道明寺の前に大野が入ってきた。
歓声が起こる。
待ちに待った大野のゴールで同点。
『西海大伯耆、前半36分に追いつきました! 決めたのはやはりこの男・大野弘人!』
20分以上静かな展開を強いられていたせいか、実況が一気に爆発した。
その盛り上がりの中、前半が終わった。
藤沖はむしろ頷いていた。
「僕個人の受け止め方だけど、この展開なら1-0で終わるより1-1の方がいいかもしれない。1点にすがるには後半は長すぎる」
そもそも大量失点すら予想していたのだから1-1は御の字だ。
更に「この1点を守らなければ」という難しい欲を持つことがなくなった。
ハーフタイムに切り替えて、一から臨めるのは決して悪くはない。
「ま、欲を言うなら大野以外だったら、もっと良かったんだけどね」
決めるべき人が決めたことで、西海大伯耆は勢いに乗るかもしれない。
そこは後半に向けて不安である。
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