12月31日 12:20

「こんなことが……」


 陽人は目の前の光景が信じられなかった。



 今大会最強と呼ばれた選手からボールを奪った石狩が、そのまま持ち上がってワンツーを受け、自らゴールまで決めてしまったのである。


 ディフェンダーなので、ボールを奪うことはありうるかもしれない。


 しかし、そこから一気に70メートル近く持ち上がり、シュートまで決めるというのはあまりに想定外だ。


「陽人も、俺も信じられないことだから、当然相手も予想できなかったんだろうな」


 後田が苦笑する。まさにその通りだ。


 試合では何が起こるか分からない。



 更に思わぬ副次効果までついてきた。


 フアンが止めようと入ったが間に合わず、シュートを打った後の石狩を荒っぽく削ってしまったことでイエローカードを受けたのである。


 ブラジル出身で攻守にも能力が高く、かつエネルギッシュなフアンのプレーは大野の次に脅威である。しかし、警告を受けてしまうとどうしても退場を意識せざるをえない。思い切ったプレーが減り、どうしても控え気味になるはずだ。


 これは間違いなくありがたい。ただし。


「徹平は大丈夫かな?」


 かなり強烈に足を払われたので一瞬、不安になった。


 しかし、石狩はすぐに立ち上がり、篠倉と櫛木が両手で〇と合図を送ってくる。



 その間に後田が西海大伯耆の地区予選資料を再確認する。


「大野さんは予選途中まで代表の試合で不在だったとはいえ、戻ってからは全試合フル出場。目玉選手だから取材も多く受けていたし、万全なはずがないと言えばそうだ。このあたりが徹平に取られている理由なのかな」

「……うーん、そうなのかもしれないが、万全でないなら、昨日なんかもう少し休ませても良かったはずなのになぁ」


 後田の指摘はもっともかもしれないが、陽人とすると納得がいかない。


 昨日も取材を七つ受けていたと瑞江は言っていた。リフティングまでしていたらしい。そうしたものを全部断って、休ませていれば良かったのではないか。


「スター選手は日程が過密だってことじゃないか? 学校にしても、選手権にしても、少しでも取り上げてもらいたいという気持ちがあるんだろうし……」

「うーん……」


 陽人は小さく呻いた。



 競技的な部分では理解できない。


 しかし、世間の関心という点では確かにそうかもしれない。


 大野は高校サッカーでは知らない者のいない存在だが、二か月前のプロ野球・ドラフト会議で一位指名された選手や夏の高校野球・甲子園で活躍した選手と比較すると、どうしてもマイナーである。


 少しでも話題を集めたいという思いは、大会にも、高校にも、本人にもあるのだろう。だから来る取材を断るわけにはいかない。


 どちらが正しいという話ではない。


 どちらを重視するかという問題だ。



 話しているうちに3度目のマッチアップとなった。


 見抜かれていると悟ったのだろう。今回の大野はシュートフェイントを入れてこない。そのままじりじりとゴールへと近づいてくる。


 それに対して石狩も何とか競ってついていく。ボールを奪いに行くことはできないが、コースを開けないように体を寄せている。


「弘人!」


 後ろから杉本がフォローに来た。


 焦れた大野は杉本にパスを出す。その杉本にも久村がついているが、一瞬早くシュートを打った。


 歓声と溜息が交差する。



 コースを狙ったシュートだったが、須貝がはじき出してコーナーへと逃れた。



「やっぱり同じ人間ということなのかな……」


 2人の能力が実は近い、などとは夢にも思わない。


 しかし、120パーセントの状態の石狩と、60パーセントの大野とであれば、そこまで差はないのかもしれない。


「それに徹平は三か月以上、達樹や翔馬の相手をしているしね」


 陸平が言う。


 格上相手に工夫し、何とか耐えるトレーニングは十分に積んでいる。



「おいおい、何やってんだよ!? 相手は二軍だぞ!」


 コーナーキックもあっさり阻まれ、高踏のスローインになったところで、西海大のベンチから誰かが叫んだ。



 失礼な物言いではある。


 しかし、自分達にはプラスの発言だと陽人は感じた。


 二軍相手にうまくいっていないとなると、焦りが生じる。


 今、一番厄介なのは冷静さを取り戻されることだ。


「OK、1点取られた。大野は調子が悪い。だけど、時間はまだ一時間以上ある。相手もどこかに弱い部分があるから、じっくり行こう」


 こんな風に冷静に対応されると、個々の能力では高踏が劣る。そのうちどこかでミスが出て付け入られてしまうだろう。


 しかし、展開はむしろ逆だ。


 攻撃センスも高いディフェンダーのフアンが前に行こうとしはじめた。


 それは脅威であるが、彼が前に出るとそのスペースが狙い目になる。


「純! 4番の上がったスペース!」


 篠倉に声を出した。

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