12月29日 13:44
後半20分を経過した。
スコアは4-1のまま動かない。
ペースは、やや高踏側へと傾いているように見えた。
ベンチの我妻がメモを取りながら、藤沖に確認する。
「久村さんが最前線に入って、守備の強度が更に増したことで四国中央の打つ手が封じられたのでしょうか?」
交代で入った久村と戸狩だが、久村は瑞江のいた最前線のあたりに位置している。
これは県大会決勝の鳴峰館戦でも見せた布陣であり、前線の守備力をあげることで相手を窒息死させようという意図によるものだ。
四国中央のバックラインが息をつける時間やスペースが小さくなり、キック精度がバラバラになってせっかく走らせている前線の四人が徒労に終わるシーンが増えている。
「それにあるし、連動的に動く高踏に対して、四国中央はどうしても個人の頑張りになってしまうからね。しかも、それが四人ともなると」
時間あたりの疲労度は、全力で動く人数の多い四国中央の方が上になる。
「これが1点差なら、高踏サイドもミスが許されないという緊張が強くなるけど、3点差があるから良い意味で余裕がある状態だね」
「確かにそうですね」
リラックスしてプレーするのと、ミスが許されない精神状態でプレーするのとでは、精神の疲労度合いも、実際のプレー精度も変わってくる。
もちろん、ミスが許されないと強く思うほど、人はミスをするものだ。
29分、バックラインからの雑なフィードを陸平が拾い、手前にいる瑞江に渡す。瑞江のドリブルを警戒して選手が寄ったところで最前線に走る戸狩にスルーパスを送った。
エリア内に入ろうとする戸狩のユニフォームをディフェンダーが引っ張った。
戸狩が転倒する。
主審のホイッスルが鳴った。
ベナルティスポットを指さしている。
エリアの中か外か、微妙な場所であった。しかし、点差もあるせいか、あるいは倒した本人は中だと分かっていたのか。倒したディフェンダーは抗議することもなく、ただうなだれるだけだ。
「達樹、蹴るか?」
戸狩がボールを抱えて尋ねた。
これを決めれば5点目、初戦ではあるが、大会得点王が現実味を増すということは誰もが理解している。
「……いや、いいよ。真治がもらったものだし、真治が蹴れば?」
「おっ、そうか? それなら蹴るぞ」
戸狩がボールを持って戻っていく。
PKが決まり、5点目が入った。
決定的な5点目だ。
12分後、試合終了のホイッスルが鳴った。
2分のロスタイムの間に四国中央が意地で2点を追加したものの、スコアは5-3。
「四国中央は試合の入りが良くなかったのが響いたなぁ。でも、難しいのも確かだけどね。初戦ということもあるし、勝てそうってなると気負う部分もあるし」
藤沖は腕を組みなおす。
「正直、僕が四国中央の監督でも、高踏だったら勝てると踏むかもしれないしね。勝たないといけないと思うと、ピリピリするものだ」
「平常心で挑むのは難しいってことですね」
「そうだね。ただね、今はともかく、来年は高踏もこの平常心を維持するのが難しくなる」
「なるほど……」
確かに、今年は県予選にしてもチャレンジャー……という以前に何も分からない立場であった。全国大会にしても、そうだ。あまり勝てると思っていないから、好き勝手できている部分は間違いなくある。
しかし、来年はまた変わってくる。
少なくとも県内においては、「高踏は勝って当たり前」の存在として見られる。内部のメンバーにしても「せいぜい相手になるのは深戸学院くらい」という認識を抱くことになるだろう。
それがマイナスに向かう可能性もある。
「ま、それは先のことだけどね。とりあえず初戦勝利、おめでとう」
藤沖はそう言ってまず結菜達を、次いで応援団を見た。そこで「あれ?」と戸惑う。
「勝っちゃったってことは、大晦日も試合するの?」
「参ったなぁ。試験もあるし帰りたいなぁ」
「二試合目までは、もういいかな」
学生もOBも「高踏が全国大会に出るなんて今日が最初で最後の機会だ」と思って集まっていたようだ。ちょっとした同窓会気分もあって観戦に来た者も多かったのだろう。
チーム自体は初戦で負けるだろう。でも、母校が全国大会に出るなんていい記念になる。
案に相違して勝ってしまった。
二日後にもう一度同窓会を開く必要はない。
試験を控える学生は、これ以上時間を割きたくない。
進学校ならではのジレンマがある。
「そういえば結菜ちゃん達も受験があるけど、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
結菜達四人は力強く頷き、断言する。
「次はさすがに無理ですから」
大晦日で帰れば、何とかなるという様子だ。
陽人はサブチームを出すことを明言している。だから勝ち目がない。
それは分かるが、まかり間違って二回戦も勝ったら、どうなるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます