12月29日 13:00
ハーフタイム、控室に戻る途中で武根を捕まえた。
「駆、悪いな」
特に問題もないのに、交代させられたのだから本人としては不本意だっただろう。鹿海と話している間にさっさとベンチの奥の方に座ってしまっていたので、多少不満があったのかもしれない。
「いや、まあ、仕方ないっていうのは分かっているし、ウチの場合は守備を考えると希仁と五樹の方が外せないのも分かっている。ただ、前半終了待たずに交代っていうのはガッカリだったし、しばらく気持ちを落ち着かせていた」
全国大会ということも含めればもっともだろう。
控室に戻り、ホワイトボードを広げる。
カメラをチラッと見た。できるならば追い出したいところだし、日本代表監督ならそんなこともできるかもしれない。
もちろん、陽人がそれを頼むことはない。
「退場は誤算だったけど、トータルとしては悪くなかったと思う。3点リードしているから慌てる必要はない。しかし、安心したり油断したりすると思わぬ落とし穴が待っている。後半も平常心を保って行こう」
そこで真田に交代する。
真田は「よし」と頷いて、選手の前に立つ。
「皆、目をつぶれ」
「……?」
一体、何だろうと思いつつ、陽人は目を瞑る。
「今までの苦労やトレーニングを思い出せ。今、この試合の厳しい試練も、これまでの日々の苦しさと比べれば、全く苦ではないはずだ」
(それはまあ……)
陽人は内心で頷きつつ、同時に首を傾げる。
そもそも今の展開は過去の辛いシーンを思い出さなければいけない状況なのか。
もちろん、楽な展開ではないのは間違いない。GK退場の数的不利は厳しい状況であるが、「厳しい試練」とまで言うほどかというと、まだそこまでではない。これが厳しいですと言い出したら、相手チームに怒られるのではないか。
(……真田先生の認識はずれていないか? もしかして、試合を観ていなくてスコアを逆だと思っているのだろうか?)
とはいえ、カメラの方をチラッと見ると、丹念に映している。自分の時にはそういう様子ではなかったところはずだ。
ということは、カメラは監督が何を言うかというよりも監督が何か言っているシーンを映したいのかもしれない。
カメラはひとしきり撮り終えると出て行った。
陽人は再び前に出る。
「後半に向けて、特に何かを変えるということはない。正直、数的不利もあるし、相手もこのままでは終わらないと思うから、2点取られるまでは動かないつもりだ。もちろん、人数が少ない分、運動量が増えて疲労も増すだろうから、きつくなったらベンチに言ってくれ」
そう言いながら、陽人は「そうなんだよなぁ。疲労も一割に割り増しだよなぁ」と内心で溜息をついた。
そうでなくても運動量の多いサッカーをしているのに、数的不利まで重なるととてもではないが、中一日で試合をするわけにはいかない。
(そして二回戦がある場合、優貴が出られないわけだからなぁ)
3トップ中央の鹿海が出られないとなると、ポジション的には瑞江を出すということにせざるをえない。
開幕前に大野と一緒にインタビューしていたこともある。
運命に引き寄せられているのだろうか。
そんなどうでも良いことを考えた。
休憩時間が終わりに近づいてきた。
控室からグラウンドへの道を歩いている途中、ふと思いつくことがあり後田に話しかける。
「なあ、雄大。試験の最中に、試験と全く関係ないけど、面白いことを思いつくとかって、ないか?」
「……俺はないけど、そういうことがあるって話は聞く。試験用紙の裏にふざけて描く絵なんかがうまいって話も。でも、それがどうしたんだ?」
「実は前半の最後の方で、来年一年生が来たらこういうトレーニングをしようってことを不意に思いついた。あと、こんなサッカーに進化させたいっていうのも思いついた」
「マジか?」
後田は驚いているが、同時に呆れてもいる。
「すごく重要だけど、今の試合には全然関係ないことだよな」
トレーニング方法や来年の作戦面などは、今の試合には関係ない。
「だから言っただろ? テストの最中に関係ないことを思いつくことはないかって」
「でも、そういうのってテストが終わる頃には忘れているんじゃないか?」
「一応メモはしておいた。たまに試合中に監督が色々メモをしていることがあるけど、今の俺みたいに『何か新しいことを思いついたぞ』って書いているのかもしれないな」
「……いや、試合中はやめておけよ」
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