12月29日 12:42

 第2試合は14時10分試合開始予定である。


 西海大伯耆は控室で軽く体を動かしながら準備をしていた。


 当然、選手達にはグラウンドで行われている試合を観る余裕はないが、何回か大きく沸き立っているスタンドの様子は聞こえてくる。


 正確なスコアは知る由もないが、それなりに点数が入っているだろうことは予想できる状況だ。


「30分時点で3-0。高踏が勝っている」


 スタンドの方からコーチの大宮が戻ってきて伝える。


「……誰が得点したんです?」


 2年生の境田敦史さかいだ あつしが尋ねた。


「瑞江、瑞江、瑞江だ」


 そう言って大宮は肩をすくめる。


 控室中がざわめいた。


 ゴール数がサッカー選手の能力と直結するわけではない。それに対戦相手の力量もある。多いからと言って優れているという保証はない。


 しかし、予選で21点取り、全国の初戦でいきなり3点をあげるとなると只者ではない。


「あの1年、大野さんと対談するだけあって凄いんですね……」

「というか、残り時間を考えると2試合で得点王になってしまうかも……」


 その声は全く根拠のない話ではない。


 前半30分で3-0であるなら、高い確率で高踏が勝つだろう。


 しかも、まだ50分あることを考えれば更に得点を積み重ねることもありうる。


 得点王のラインはもちろんその年によって変わってくるが5点から7点くらいのことが多い。


 残り時間で2点取れば5点、既に得点王ラインに乗ってくる。


 2回戦で西海大伯耆が勝つとしても、瑞江が1点くらい取るかもしれない。



 隣で靴紐を結んでいた大野が溜息をついた。


「……敦史。俺達は得点王のタイトルを取るためにここに来たのか?」

「あ、いえ……ただ……」


 全48校の出場選手の中でも、実績という点ではダントツなのが大野だ。得点王というのは現実味がある目標だし、取ってもらいたいという思いはある。


「俺達は勝つためにやってきた。勝つためにゴールをするのが俺の役目だが、だからといって無暗に数ばかり狙っていても仕方がないだろ?」

「そ、そうですね……」

「ま、2回戦で楽ができないだろうというのは、悪いニュースだがな」


 大野はそう言って苦笑いを浮かべる。



 スタンド裏の控室で2回戦の楽ができないことを悩むチームがあれば、グラウンドでは1回戦で楽をすることを考え始めるチームがある。


「……交代、どうするかな」


 陽人はベンチとピッチを交互に見ながら、後半の展開を考え始める。


 確実なのは、戸狩を誰かと替えるということだ。


 短期瞬発系が高い戸狩は、長い時間をプレーするのが苦手で、短時間で一気に爆発させる方が賢い。


 理想は15分くらいのようだが、さすがにそれは短すぎるので30分程度は頑張ってもらいたいと考えている。いずれにしても、二試合の片方でスタメンという使い方は戸狩の体質には合っていないから、彼のみは全試合で短時間の起用を目論んでいる。


 問題は戸狩以外である。


 長期戦となるトーナメント。最初の試合で望外の先制攻撃が出来たことはラッキーだが、それでひたすら攻めまくることはあまり賢くない。


 人を変えるか、ペースを変えるか。


 体力を温存できれば、レギュラー組を2回戦でスーパーサブ的に起用することができるかもしれない。



 だが、陽人はすぐに考えを改めることになる。


 3点を奪われた四国中央は、一気に前に出てきた。


 ここまで来れば4点取られようが5点取られようが関係ない。細かい指示を守って萎縮するより、ひたすら前に出てせめて1点は取ってやろうという開き直りに近い心理状態である。


 一方の高踏は受けて立ってしまった。


 陽人の逡巡がピッチ上の選手に伝播したわけではない。


 しかし、「前半このままでいいのでは。少し楽をしよう」という考えはピッチ上の選手達も持ったようだ。一部の選手がややプレスを緩めた。全員が緩めれば意思の統一がなされているが、一部が緩めた場合、きちんとかける者との間にギャップが生じる。


 鈴原と立神がゆっくり追って時間ができた。2人とも連続して起用されることが多いので配分を考えたようだ。


 その間隙を縫って、四国中央の5番、DFの桑田が例外的に余裕を持って思い切って前線を狙う。


 パスを陸平が止めた。


 しかし、相手が思い切って蹴った威力のあるボールゆえ、味方に繋げずスペースに流れた。


 そこにも四国中央の選手がラッシュしてくる。まっすぐ前線の戸破祐司ひばり ゆうじにパスが出された。


 受けさせないとGK鹿海が出て来るが、反応は若干遅れた。陸平が止めに入ったから一瞬油断が生じたのだろう。


 戸破がボールを受けた後、鹿海が勢い余って衝突して止めることになる。



「うわぁ……」


 主審の笛が鳴った時点で、陽人は頭を抱えた。


 すぐにベンチにいる須貝康太の方を向く。本人も立ち上がっていた。


 程なく、近づいてきた主審が鹿海にレッドカードを提示した。


「嘘だろ……」とつぶやくように見えた後、がっくりと肩を落としてベンチに戻ってきた。



 3-0とリードしているが、相手がいい位置のFKを得て、おまけにGK鹿海の退場。


 快晴から一転、暗雲が立ち込めてきた。

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