12月29日 12:34
選手交代を経て、四国中央は起点の位置を修正したようだった。
後方でのミスが多いので、思い切って前に出ることにしたらしい。高踏の最終ラインにいる林崎に圧力をかけてくる。
高踏は細かく繋いで隙を探すが、右サイド側は立神の前が徹底的に押さえられている。選手交代の意図は立神の縦への突破を防ぐことにあったらしい。
それは当初、奏功したように見えた。
最終ラインで林崎大地がボールを持つ。
この位置には四国中央はプレスには来ない。
彼は左右を見渡して、シンプルに立神へと出した。
当然、縦を警戒しつつ中盤が寄せてくる。
颯田とのワンツーで一人をかわして、大きく内側に切れ込んだ。
一瞬の逡巡の後、四国中央の中盤とディフェンダーが挟みに来た。
立神に3人割いたことで、左サイドから中に入る芦ケ原がフリーになる。立神は芦ケ原にボールを預けて更に左側のスペースに走る。それに応じて稲城がポジションを修正して、相手もそれに反応する。
もちろん、ボールを受けた芦ケ原もチェックする。
その目まぐるしい修正にディフェンダーが考えを奪われた一瞬。
もっとも注意しなければいけない人物が動く。
芦ケ原が簡単に前に叩いた時、瑞江はセンターバックの死角からエリア内の空いたスペースに向かっていた。
ついているものはいない。
反転して、即シュート。
2点目が入った。
「うーん、やはりあの交代はちょっと早まったかな」
風が吹いて冷えたのか、藤沖が両頬を掌でこすっている。
「立神のスペースを消せという指示を出したんだろうけれど、選手交代という懲罰的な要素が絡むとなぁ」
立神をマークしなければ監督の不興を買う。
下げられたくないから、立神へのマークを緩くはできない。
立神は決まった動きしか出来ない選手ではないから、相手が厳しく来れば、それを利用して動くこともできる。フリーマンとして動くことでマークを引きつけ、フリーの味方を作ることもできる。
当然、瑞江もマークしなければいけないが、動き続けてマークを引き付けることで次第、次第にそこがおろそかになってくる。
21分、立神が右サイドから中に入り、トップ下のような位置から一瞬の隙をついてシュートを打つ。
惜しくもポストに当たって、ゴールキックとなった。
高踏は6本目のシュート。四国中央はまだ1本も打てていない。
「やりたい放題になってきたなぁ。しかも、自分から招いた状況とはいえ、動けないから辛い」
圧倒的に劣勢だが、特定の誰かが悪いわけではない。
強いて言うのなら、選手交代によって生じた「自分も替えられるかもしれない」という恐怖心が足かせとなっている。
これ以上の交代はその足かせを大きくするだけだから、交代策は使えない。
恐怖心があるから、何かを防ぐための具体的な指示を出せば、その指示に拘泥されて別のところから崩される危険性がある。
積極的な策に出るには、劣勢過ぎる。
打つ手がない。
「ただし、高踏もこの局面は難しいかもしれない」
「と言いますと?」
「優勢だから3点目を取りたいという気持ちが強くなってくる。ただ」
「行き過ぎるとカウンターを食らったり、終盤疲れるかもしれないわけですね?」
「それもあるし、次の試合がすぐやってくることもある」
中1日で次の試合ともなると、目一杯体力を使って3点目を取りに行くのは賢明とはいえない。といって、取れるかもしれないのに取りに行かなければ流れを失う可能性がある。
「しかも、それをチーム全体として共有できているか。行こうと思う選手がいて、体力温存と思う選手がいると、チグハグさが生じてくるかもしれない」
「そうですね。でも、その点ではウチは他よりは有利ですよ」
結菜が自信ありげに答える。
それが聞こえたわけではないだろうが、ピッチでは左サイドからボールを展開していた。立神はマーカーをひきつけて右サイドから中を伺うフリをして回っている。
その合間を縫って、園口が左サイドから鈴原や芦ケ原を使って中のスペースを伺う。
ないと判断するや左サイド側に出した。攻撃時の稲城は脅威が少ないため、フリーであることが多いが、この時はあまりにもフリー。半径5メートルに相手選手は一人もいない。
稲城はこれ以上ないほど丁寧にインサイドキックでハイクロスを送る。
「え、高すぎないか?」
という声は、一瞬後にどよめきに変わる。
「うわ、高い!」
瑞江が大きく飛び上がり、ヘディングを打ち込んだ。
身長は173センチと高い部類ではないが、邪魔さえなければダンクシュートを決められるくらいの跳躍はある。
前半29分で3-0になった。
「ウチは、中1日で続けて出る人があまりいないですからね」
陽人は2回戦まで勝ち上がったならば、サブ組のチームを出すことを明言している。
だから、直近の体力配分を考えることはない。
行けるところは行ってしまえばいい。
『今大会注目の一年生ストライカー瑞江達樹! 前半29分で早くもハットトリック達成! 私達は今、とんでもない才能を目の当たりにしています!』
誰かが携帯電話でインターネットテレビを観ているのか。
実況の派手な絶叫が聞こえてきた。
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