12月29日 12:20

『高踏高校対四国中央高校の試合、今、始まりました!』


 両校の地元では、テレビでの放送も始まっていた。


『四国中央、まず最終ラインに下げ……あっ、ボールを失いました。高踏、25番の稲城から7番の瑞江にボールが渡りシュート! 入りました! 開始直後、高踏高校、相手のミスからエース瑞江が落ち着いて決めて先制! 開始から8秒から9秒。今大会注目の一年生エース瑞江達樹のファーストゴールです!』


 スタンドにはテレビ中継の声はもちろん届かない。


 一瞬の悲鳴めいた声の後、ざわめいている。


 開始直後のあまりに早すぎる得点に「今のはゴールなのか?」と疑問の声もあがっていた。


 しかし、スコアボードははっきり1-0となっている。



「……稲城さんのプレスに驚いてミスしたのでしょうか?」


 我妻も唖然としながら藤沖に質問する。


 稲城がプレスに向かっていったのと、相手がボールを下げたのが同時。そのパスが弱すぎたため、前進した稲城がそのまま取ってしまい、すぐに瑞江へパスをして決まった。


「いや……、何というか、多分、ミスした選手は緊張していて地に足がついていなかったんじゃないかと……」

「これ、今大会のファーストゴールじゃないですか?」


 昨日の開幕戦はスコアレスドローのPK決着だった。


 今日は一都三県の会場で同時刻開催だ。この試合のあと、14時からもう一試合が組まれている。


 同時刻開催とはいえ開始8秒だから、まず間違いなくファーストゴールだろう。




「四国中央も2回目の出場だから、あがるのは仕方ないだろうけれど、いきなり失点を食らうのは痛いなぁ」


 キックオフから再開しても、四国中央はかなりバタバタしている。プレスに驚いているのもあるのだろうが、自分達側が落ち着いていない。


 ひたすら後ろに回して、ゴールキーパーが前に蹴り出す繰り返しである。


「……まさか全国で鉢花戦みたいなことにはならんよな……」


 高踏陣内にいるのは真ん中にぽつんと鹿海が一人。残りは敵味方全員が敵陣にいる。


 県予選を見ていた者には慣れている景色だが、高踏の応援団は予選を見ていない。


「あんなに片方に集まってしまって大丈夫なの?」


 という声がちらほらと上がってくる。



 いきなり鉢花戦のようになるのでは、という藤沖の不安は杞憂に終わった。


「今日に関しては高踏も若干あがっているな……、ミスが多い」


 元々、技術ミスは散見されるチームであるが、普段に比べて明らかに多い。


 いつもはミスをほとんどしない最終ラインの林崎や武根までトラップミスをしてあわや取られそうになるなど、両チームとも落ち着かない展開だ。これでは勢いのままに大量点とは、中々いかない。


「どうしたらいいですかね?」


 浅川が藤沖に尋ねた。


「こればっかりはどうしようもないね。時間が経って、緊張がほぐれて来るのを待つしかない」

「両監督は対照的ですね」

「確かにね」


 高踏側では、陽人が座ったまま、時折後田と話をしている。


 一方で、四国中央の監督石元清則はテクニカルエリアまで出て、大声を出し続けている。


「天宮さんは黙ったままでいいんですかね? テレビに抜かれるのを恐れている?」

「そういうことはないと思うよ。多分、出て行く必要がないと思っているんじゃないかな?」


 1点ではあるが、リードしている。


 ミスは多いが、気の抜けたミスというわけではない。


 つまり、高踏の戦い方としては、何か変えなければいけないわけではない。




「もう10分、早いですね……」


 時計を見た我妻がふうっと息を吐いた。


 何が何だか分からないうちに、どんどん時間が経過している。


 それでも試合はまだ落ち着きを見せない。


「このままでも良いは良いけど、誰かピッチで落ち着かせる存在が欲しいところではあるね。さて」


 ボールが左サイドに流れた。


 園口がトラップして、一人をかわす。


 そのままワンタッチを加えて、後ろの武根に下げた。


 リターンを受け、今度はゆったりとした動きから右サイドの立神に出す。


「うん、今の落ち着かせるプレーはいいね。さすがに小学生とはいえ全国のベスト4経験者だけのことはある」


 ボールを受けた立神も、少しゆったりとした動きから、一気に縦に加速した。


 パス回しが多かった展開からの縦突破だけに、四国中央は対応が遅れる。颯田が内に切れ込み、マーカーを一人ひきつけたのも大きい。


 右サイドを完全に崩して、そこから中へ切れ込もうとした時、相手の足がかかり、立神が倒れる。


「PK!」


 近くにいた颯田が叫んだが、主審の位置は遠い。


 ボールはそのままゴールラインを割った。


 主審はコーナーキックの指示を出す。



「あ~、今のはファウルのはずなのに」


 スタンドからは一斉にブーイングだ。


「まあ、だけど、今のプレーで大分落ち着いてはくるはずだ。四国中央はどうするかな、って……おお、前半15分で交代?」


 今しがた、ファウルすれすれで立神を止めた左サイドバックの真鍋が早くも交代で下がり、変わって毛木が入る。名鑑には「スピードのあるDF」と書かれてあった。


「シュートをひたすら撃つチームスタイルといい、四国中央も積極的なのは良いことだが……」

「15分で交代は早すぎますよね」

「そうなんだよね。監督が試合に入り過ぎていて、選手のことを考えていないんじゃないかという不安があるね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る