12月29日 12:00

 12月29日、横浜。


 スタンドに入った結菜、我妻、辻の3人は大いに驚く。


「高踏の応援団がいる!?」


 県予選ではついぞ見なかった応援団達が高踏側の一角に陣取っていた。その人数は500人くらいだろうか。


 もっとも、学生というよりはOBが多いようだ。


「応援団がいることがそんなに珍しいのか?」


 県予選を見ていない浅川だけは不思議そうな顔をしているが。


「珍しいよ。というか、初めてだから」


 三人は応援団が来ていることに興奮気味になった。




 その興奮も、空いている席を探して座る頃には冷めてきた。


「今日は大溝さんも藤沖先生も来ないのかな?」


 我妻が結菜に尋ねた。


「大溝さんはさすがに仕事があって無理みたい。藤沖先生は多分来るという話だったけれど……と、噂をしたら」


 ちょうどバックスタンド側から、ビール缶を持つ藤沖が入ってきた。


 四人が一斉に手を振って場所をアピールし、藤沖も気づいて近づいてきた。


「いよいよ全国の初戦だね~。調子はどうだい?」

「良さそうではありましたよ。瑞江さんだけは毎日取材を受けていて、不在の時間も長かったですけれど」

「有名になると、どうしてもそうなってしまうよね。彼くらいの能力があれば、今後世代別代表にも選ばれるだろうし、来年は不在で試合をする時間も増えてくるかもしれない」

「そうですね」


 世代別、現実味のあるところだとU-17の活動がある。


 瑞江や立神、陸平は引っ掛かってもおかしくはない。


 そうなったら名誉なことではあるが、チームとしては痛い。エース抜きで戦わなければならないからだ。


「とはいえ、天宮君は普通に彼抜きで試合していたけどね。全国でもチームの使い分けをやるのかな?」

「やるつもりですよ」

「本当に恐れ知らずだよねぇ。負けた時の非難が恐ろしすぎて、僕にはできっこないよ」


 藤沖は言葉通り、怖い怖いと肩をすくめる。


「ただ、まずは今日、勝たないと」

「そうだね。全国まで来ると、どこも侮れるチームではない」


 藤沖は真面目な顔で言いつつも。


「とはいえ、この試合に関してはかなり高踏の方が有利かな。四国中央はちょっと気の毒ではある」

「気の毒?」

「この両チームはお互い県立高校だけど、高踏は一年生しかいないチームだ。絶対に勝たなければならないという意識は四国中央の方が強いはずなんだよね」

「確かにそうですね……」


 県予選では、何せ二回戦で鉢花に10-0で勝利したことで、「とんでもない一年生集団らしい」という認識を他校に与えた。


 しかし、全国大会の出場校にはそうした認識はない。


 そうなると、また元に戻って高踏は一年生しかいないチーム、という評価になる。それは楽だという希望がある反面、「こんなところに負けたら笑いものだ」という変なプレッシャーにもなってくる。


「そういうプレッシャーがあるところに、高踏のハイプレスがかかったら、最初のうちはかなり泡を食うことになるんじゃないかと思う」

「でも、緊張はしているんじゃないでしょうか」


 結菜達は全員、高踏のメンバーが普通にプレーできれば、おそらく勝つだろうと考えている。しかし、普通にプレーするということが全国では難しい。


「案外、あの応援団もプレッシャーになるかも……」


 何せ今まで一度も見たことがない学校の応援団である。「学校の期待」というものが重荷となってくるかもしれない。


「選手達は大丈夫じゃないかな。真田先生は知らないけど」


 藤沖はスタンドを大きく見回す。


 一角の方を指さした。


「あっちの存在がプレッシャーになるかもね」


 指さす先には、スーツ姿の人物が数人座っている。


「あれは?」

「JFAの関係者だよ。多分、瑞江君と立神君を見に来たんじゃないかな」

「た、確かに……」


 日本代表の関係者が視察に来ているかもしれない、と知ると当人達にはプレッシャーになるかもしれない。



 程なく、スターティングメンバーの発表が始まった。



GK:鹿海優貴

DF:園口耀太、林崎大地、武根駆、立神翔馬

MF:陸平怜喜、蘆ケ原隆義、鈴原真人

FW:稲城希仁、瑞江達樹、颯田五樹



 瑞江のアナウンスの時だけ、やや拍手が大きくなったのは、それだけ知られているという証なのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る