12月27日 17:22

 開幕まで二日。


 この日、高踏サッカー部は、日中、都内・世田谷区で開会式のリハーサルに参加した後、横浜のホテルまで戻ってきた。


 ホテルの入り口に近づいたところで、颯田が声をあげる。


「お、結菜ちゃん達だ」


 言葉通り、入口の前に結菜、我妻彩夏、辻佳彰に浅川光琴の四人がいた。向こうもこちらに気づいたようで手を振っている。


「これで全員集合って感じだね」


 陸平が言う。


 確かに、練習メニューの作成やその進捗を測るうえで、彼らの助けは不可欠だ。


 そういう意味では、サッカー部の戦力が全員揃ったという言い方も間違ってはいない。


「国立はどうだったの?」


 結菜が尋ねてきた。


「リハーサルで国立は使わないよ。世田谷の方」

「あ、そうなんだ。瑞江さんは?」


 結菜の言う通り、メンバーの中に瑞江だけいない。


「取材に付き合わされている。高踏を知らなくても、予選で21点取ったFWっていうのはやはり有名になるみたいだね」


 前日の大野との対談に続いて、この日も有力選手候補ということで二、三の媒体からインタビューを受けるらしい。


 対談形式ではない簡単なインタビューのようなので、今日は本人と県サッカーの人間に任せて、さっさと帰ってきていた。



「結菜ちゃん達はどこに泊まるの?」


 陸平が尋ねると、四人とも不思議そうな顔をした。


「ここだけど?」

「ここ? 同じホテル?」


 びっくりする陸平達に陽人が説明する。


「元々、県の方で登録選手数分を確保しているらしいんだ」


 高校サッカーでの登録可能人数は30人であるが、高踏には25人しかいない。


「だから5人分……正確にはツインルームの部屋が3つ余っていて、自分達が払うなら部員以外でもOKということになっているらしい」

「なるほど……。そんな裏技が」

「2年の先輩達は明日来るんでしょ? リハーサルにも参加しないで大丈夫かしら?」

「大丈夫じゃない? 選手宣誓をするわけでもないし、ただ行進するだけなら」


 もちろん、個人的な都合で来ていないとは言えないので、風邪をひいたという名目にはしているが。




 二時間後、瑞江も戻ってきたのでホテルの会議室を借りて、初戦の対策を練ることとした。


「四国中央の予選での試合を観た限り、ものすごく難敵という感じではない」

「そもそも、去年の深戸学院は3回戦まで2試合勝っていたし、今年は去年より強いと言われていたんだものね」


 そう考えれば、半分くらいの相手は深戸学院より下、と見ることもできる。


「特徴としては、シュートを積極的に打ってくるという点だ。少しでもコースがあれば、エリアの外からでもどんどん打ってくる。俺が見た2試合に関して言うと、決勝では24本、準決勝では23本打っている」

「なるほど、2試合とも2点取っているけど、シュートはかなり打ってくるんだね」


 陸平が頷いて、ふっと鹿海を見た。


 分からないではない。


 鹿海は前に出る能力は特筆すべきものがあるが、ゴールキーパーとしては並である。全国大会ともなれば並以下であり、仮に数値化でもできたら、下から数えた方が明らかに早いだろう。


 だから、シュートを多く打たれた時に、キャッチミス、パンチミスをする危険性はどうしても出て来る。


 控え扱いの須貝の方がシュートへの対処では遥かに上だから、初戦のゴールキーパーは須貝で良いのかも、とも思ったほどだ。



 陸平はすぐに視線を戻した。


「まあ、それでも30メートル40メートルでシュートを打つことはないだろうし、今まで通り前からボールを取りに行って、相手に持たせないようにするだけだね」

「その通りだ。相手はシュートを打ちまくってリズムを作る部分もあるだろうから、中々打てないとやりづらさも感じてくるだろう。いつも通りに前から奪いに行って、相手のやりたいことをやらせないことが大切だ」

「OK!」

「前から言っているように、県の名誉もあるので初戦はレギュラーメンバーの方で臨む。交代その他については展開にもよるけど、先のことを考えて試合をできるような立場ではない。全力を出し切るつもりで行ってほしい」


 打ち合わせが終わると、マネージャーがそれを文章に起こす。


 試合前の控室にはカメラが入ってくるので、これを真田に読んでもらう手はずだ。



 部屋を出たところで浅川が声をかけてきた。


「こういう風な感じでやっているんですね。記事を見ると、顧問の真田さんが有名になっていて、何だか不思議に思っていました」


 と言いつつ、首を傾げている。


「自分が指揮している、って言ったらまずいんですか?」

「まずくはないけど、あまり試合以外のことに集中力を奪われたくないんだよね……」

「なるほど……」

「選手層も薄いし、やることにも限界がある。それで更にどうでもいいインタビューとか受けると思うとさぁ」

「どうでもいいって……」


 浅川は苦笑するが、陽人は再度強調する。


「どうでもいいよ。プロチームとかサッカーで学生に来てほしいところならファンサービスすべきかもしれないけど、高踏はサッカーで学生を呼ぶ学校じゃないし」

「まあ、確かにそうですね」

「浅川君は大丈夫なの?」


 辻を通じて、来年、高踏高校に入るつもりだという意思表明は受けている。ただし、誰でも入れるわけではない。妹の友達の成績までは知らないので、可否の見込は気になる。


「この前、学校で面接も受けましたが、恐らく大丈夫だろうとは言われました」

「それなら良かった。入れるのなら、今から入ってほしいくらいだよ」


 冗談めいて言うが、できるのなら本当に登録したい。


 2試合目以降があった場合には、猫の手も借りたいくらいの状態である。中学生であってもまず間違いなく出番があるはずだ。


「それができればいいんですけどねぇ」


 浅川は快活に笑った。


 戦力にはなれるという自信はあるようだった。

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