12月26日 11:45

 26日11時、ホテルのロビーで対談が始まった。


 大野は昨日も一緒にいた3人のスーツ姿の人物がついている。


 一方、高踏側は昨日と同じく瑞江と陽人、あとは県サッカーの役員がついている。



「まずは互いの印象を聞かせてもらってよろしいでしょうか?」


 伊藤の問いかけに、まず瑞江が答える。


「それはもちろん、大野さんは高校サッカー界を代表する選手ですからね。この年齢でオリンピック代表まで行くのは凄いですし、目標のような存在です」

「正直に言うと、瑞江君のことは今回初めて知りましたが、予選5試合で21点というのは凄い数字です。動画も見ましたが、深戸学院戦のゴールでとんでもない技術の持ち主だと思いました」


 お互い、営業スマイルを浮かべて語っている。


 伊藤と共にいるカメラマンが、そんな2人を撮っている。


「憧れの選手がいれば教えてください」

「僕は以前から言っていますが、クリスティアーノ・ロナウドですね。彼のようなストイックな姿勢に憧れています」


 先に大野が答えて、瑞江に視線が向く。


「僕はもちろん大野さん……と言いたいところですが、小中とアメリカにいましたし、バスケットも好きなので一番憧れたのはステフィン・カリーかなと思います」

「アメリカ?」

「はい。白人黒人ヒスパニック系と混じってサッカーをしていました」

「バスケはやらなかったの?」

「アメリカは中学でもデカいのが多いので、バスケは中々入れてもらえませんでしたね」



 大野はアメリカに関心をもったようで、どこにいたのか、何をしていたのか、と本来の質問をそっちのけで問いかけている。


 卒業後はJ1に入るということだが、将来的な海外志向は強いという記事を見た。彼の場合はアメリカではなくヨーロッパだろうが、海外に対する関心は強いのだろう。


 ただ、このままでは取材が進まないと思ったのだろう、伊藤が「次に練習方法などを聞きたいのですが」と話題を変えてきた。


「もちろんチームの練習をしていますが、それ以外では体幹トレーニングは欠かさずやっていますね」


 大野が答える。本人が憧れと話すクリスティアーノ・ロナウドも体幹トレーニングで有名なだけに頷ける話だ。


「高踏は勉強もしないといけないので、部の練習以外にはあまりやっていないですね」

「ちょっとした時間の合間にもトレーニングはできるぞ」

「……そうですね。頑張ります」


 瑞江は大野を立てるような態度を見せた。


(やっていないということはないと思うが……)


 瑞江が合間を縫ってトレーニングをしている様子を、陽人は結構目にしている。


 だから、何かしら話をすることもできるが、バスケット系のトレーニングも多いし、説明が面倒くさいと思ったのだろう。


 それ以上は特に話が続かないので、伊藤が次の質問を発する。


「お二人はストライカーというポジションをどのようにお考えでしょうか?」

「やはり得点を期待されるポジションですし、求められるものはゴールだと思っています。よく、チームが点を取れるなら自分が点を取らなくても良いという人もいますけれど、個人的には逃げの話だと思いますね」

「……僕は、大野さんからすると逃げていることになりますね」


 瑞江が苦笑する。


「相性とかマッチアップの絡みもありますし、ストライカー以外で点が取りやすいこともあると思いますから、あまり気にはしていないですね」



(達樹はそういう考えだろうなぁ)


 陽人は頷くとともに深戸学院との試合を思い出していた。


 マッチアップどころの話ではない。深戸学院はとにかく瑞江を封じようと6人で取り囲んでいた。


 ほぼ何も出来ない状況下、普通の選手ならイライラして味方に怒ったりしても不思議はない。しかし、瑞江は「マークされるのも役割」とばかり淡々と出来ない状況を受け入れて、後半の布陣変更まで相手の注意をひきつけていた。


 結果的に後半10分まで相手の集中を瑞江がひきつけていたことで、瑞江が下がった後の深戸学院が守備の目標を失い、それが逆転に結び付いたのである。


(もちろん、大野さんみたいな考え方も一理あるわけで……)


 西海大伯耆も対戦可能性があるだけに、四国中央の試合観戦の合間に調べてはいる。


 大野はとにかくチームを引っ張り、多少強引でも自ら点を取りに向かう、そういうスタイルである。深戸学院戦のような状況になった時、大野なら「チームのための自分の役割」というより、自分が勝たせるという信念でチームに檄を入れるだろう。


(この2人が実際に対戦したら、どうなるのかねぇ)


 仮に対戦が実現したとしても、日程を考えたら起用しないつもりではある。しかし、実際に対戦したらお互いに更に刺激しあう部分がありそうなのも事実だ。


(四国中央に勝ったら、迷うだろうなぁ……)



「本日はありがとうございました。西海大伯耆と高踏は二回戦で対戦する可能性もありますが……」


 伊藤が最後に質問とも独り言とも言える言葉を投げてきた。


「まずは一回戦をしっかり勝ちたいですね」


 大野がまず答える。


「……高踏は初出場ですので、やはり初戦をまずしっかり勝ちたいですね。あとは監督が起用してくれるよう頑張るだけです」

「え、起用しないことはないでしょ?」


 大野が「何を言っているんだ?」という顔をした。

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