選手権
12月25日 15:05
12月25日。
世間はクリスマスだが、冬の選手権に参加するスポーツクラブにはクリスマスも正月もない。
この日、高踏高校サッカー部も、名古屋から決戦の地となる関東へと移動することになった。
「今更言うまでもないが、君達のCブロックは神奈川での開催だ。だから、新横浜近くのホテルを取っている」
ひかり号の中で説明しているのは、県サッカー役員の岡本龍斗。今大会中、先導役となってくれる存在だ。33歳で5年ほどJ2での経験があったらしい。
「県サッカーが神奈川で試合をする場合には予約しているところだが、今回、西海大伯耆も宿泊施設として利用するらしい。喧嘩することのないよう」
「はい」
「練習場については白楽大学の練習場を使わせてもらう許可を得ている。また、ホテルのジムを使うこともできるが、こちらは他の宿泊者も利用するから、独り占めはしないよう」
車内で説明を聞き終え、本を開いたり、ゲームを始めたりするものが出てきた。
陽人も参考書を開こうとしたが、隣に岡本が座る。
「明日の11時から、君と瑞江君にはホテルの一室でインタビューを受けてもらう」
「インタビュー?」
「瑞江君の期待が高まっていることがあって、関心のあるサッカー誌も増えてきている。だから西海大の大野と対談させたいらしい。打ち合わせがあるから、部屋に荷物を置いた後、すぐに下に来てもらいたい」
「分かりました……」
驚いたが、不思議ではない。
5試合で21点という数字は、いくら県予選とはいえ相当目立つ数字だ。
同じホテルに目立つFWが2人いるのなら、対談させてしまおうと考えるのは自然と言えよう。
新横浜から地下鉄に乗り替わり、ホテルへと着いた。
手続が終わると皆と一緒に部屋に入り、荷物を置いてすぐに一階に向かう。
瑞江も程なく現れ、2人で下に降りた。
「……対談って何を話せばいいんだ?」
「知らない。そのあたりの話をこれからしてくれるんじゃないか?」
「というか、そもそも、仮に一回戦勝ったとしても、俺は二回戦休みだろ?」
「その予定ではある……」
かねてから決めていた通り、初戦の四国中央戦ではレギュラーメンバーを、勝った場合に中1日で臨む2回戦にはサブメンバーを起用することで決めている。
ただし、対談までしておいて対戦ムードを煽っておきながら、いざ二回戦で対戦となった時、『瑞江は出ませんでした』というのはまずいかもしれない。
「その場合、達樹だけ出る?」
「全員が出るならともかく、俺だけ出るのは嫌だなぁ」
「……そこはまあ大エースだし」
陽人の答えに、瑞江は嫌そうな顔をした。
各社から高校サッカー出場校紹介のムック本が出ているが、そのすべてで瑞江達樹は「高踏高校の大エース」であり、「プロ大注目のレフティー」という評価である。
「高踏のことは知らんけど、瑞江達樹だけは聞いているって人は少なくなさそうだよ」
もちろん、彼一人で勝ち上がってきたわけではないが、サッカーにおいてもっとも分かりやすい指標数はゴールの数である。
その数が圧倒的である以上、注目を集めるのは仕方がない。
ホテルのロビーに着くと、既に大野弘人の姿があった。
そばに背広姿の人物が4人立っている。
「さすが有名選手、マネージャーや代理人もついてきているんだ」
「こっちは学生2人だと言うのに、な」
話をする前から、違いというものを感じずにはいられない。そう思ったせいもあるのだろう、178センチという身長以上に、大野弘人からはオーラのようなものが感じられる。
ある程度まで近づいたところで、陽人がまず頭を下げた。
「こんにちは。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく……」
本人は面白くなさそうな顔をしている。表情からすると、あまり乗り気ではなさそうだ。
スーツ姿の4人のうち、一番若い細身の男が、名刺を差し出してきた。
「僕は今回の取材を担当します、サッカーディクショナリーの伊藤といいます。よろしくお願いします」
続いて、紙も取り出す。
「今回、2人に質問したいのはこういうものになります」
受け取ったものに目を通すと、『憧れの選手、どんな練習をしているか、それぞれが考えるストライカーの姿、お互いの印象について』と書かれてある。
「……分かりました。そっちはどう?」
大野は義務感という様子で答えた後、瑞江に確認する。
「大丈夫です」
瑞江も頷いた。
「では、明日の11時にここでインタビューしたいと思いますので、よろしくお願いします」
伊藤はそう言って頭を下げ、鞄を抱えると一礼して出て行った。
「じゃ、また明日」
大野はぶっきらぼうに言い、3人のスーツ姿の人物とともにホテルの外へと出て行った。
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