10月27日 16:29

 迎えた金曜日。


 放課後、陽人が練習場に向かうと既にバスが止まっていて、グラウンドの入り口のところにジャージー姿の選手とコーチが立っていた。


「よう、陽人」


 谷端が声をかけてきた。


「……この時間にもう来たのか?」

「金曜日は15時で終わるから、そこから集まってバスで50分くらいだった」


 さすがに強豪校だ。


 遠征用のバスがあるのはもちろん、それをコーチが運転できるという環境が驚きだ。



 その運転してきたコーチ、20代半ばくらいの長身の男が進み出る。


「コーチの津下です。よろしく」

「天宮陽人です。よろしくお願いします」


 握手を交わして、すぐに前日から交わしていた通りの内容を確認する。


「今日はサブ組がどこまで通用するかを試したいのですが」


 前日、既に佐藤からは了承をもらっているが、心苦しい申し出である。


 高踏としてみると、サブ組が全国レベル相手にどこまで食い下がれるか確かめるチャンスであるのだが、深戸学院側は力が劣るだろう相手と練習をすることになる。わざわざ遠くから来てもらったうえで、それは申し訳ない。


 津下はにこやかに頷いた。


「監督から言われているよ。Aチーム同士の再戦は来週で、今週は高踏が全国で少しでも戦えるよう手伝ってきてこいってね。気にしなくていいよ」

「ありがとうございます」



 話が決まったので、須貝、曽根本、石狩、道明寺、南羽、久村、戸狩、鈴原、櫛木、鹿海、篠倉の布陣をグラウンドに送り出す。


 対する深戸学院側は、準決勝のメンバーそのままである。


 瑞江が笛を吹いて、試合が始まった。



 練習試合であるので、お互いが並んで座ることになる。


「守備面では十分できるようだね」


 5分ほどして、津下が言う。


 前からの守備がきっちり効いていて、司令塔の安井が落ち着いてボールを持てる時間がない。そのため、深戸のパスはどうしても精度が乱れる。


 ただし、ボールを保持したときに攻め手がない。瑞江がいないこともあって、深戸学院のも準決勝の時のような負担はかからないから、守備が積極的だ。


「サブチームとして出す時も、戸狩君はスーパーサブの方が良いんじゃないかな」

「そうですね……」


 戸狩はスタミナがそれほどないので、80分プレーするとなるとどうしても配分を考えた薄いものとなってしまう。


 ただし、スーパーサブとして置くならば、別の人間を入れる必要があるが、その代替要員がいない。そうでなくても一人足りないので、立神、鈴原、園口を前後半分けるなどの起用をしている。2人となると、更に負担がかかる。


「2人いれるなら、俺が出ないといけないなぁ……。雄大、俺がいない間、ベンチで指揮とれるか?」


 補佐役の後田雄大に尋ねる。


「やれと言われればやるけど、交代を間違えるかもしれないぞ」

「そうだなぁ」


 そうこう言っている間に、下田に左サイドを抜けられた。曽根本が追いかけるが、やはり下田のドリブルは早い。置いていかれて、そのまま中への折り返し、新木が決めた。


「……準決勝と似たような形だ」

「いや、準決勝だと決まってないんじゃないかな。陸平君が止めていただろう」


 津下の指摘は的確だ。


 久村護は対人守備などでは陸平に負けていないし、守備範囲も決して狭くはない。


 ただ、陸平と比べるとやはり狭くなる。陸平なら届いたかもしれないところを、久村はカバーできない。




 20分が経過して、スコアは0-1のままである。


「総じて悪くはないように見える。全国の相手でも全く通用しないことはない。チームのベースはしっかりしていると改めて思うよ。ただ、攻守ともプラスアルファがないから、深戸学院もそうだけど、善戦はするけど勝ち筋が見えないところはあるかな」

「そうですね……」


 前線の3人のうち、鹿海と櫛木はボールをおさめる技術がない。


 唯一ボールキープが出来る篠倉にボールが集まるが、分かりきっているので2人、3人と囲まれてボールを取られてしまう。


 鹿海と櫛木の得意な形を作るには、全体的にスキル不足である。


「ただ、いきなり上手くなることも、足が速くなることもないから、このままだと2回戦では難しいね」

「そうですね……」

「さすがに全国で勝てるチームを2つというのは難しいんじゃないだろうか? 日程がきついから多少の入れ替えは仕方ないけど、Aチームを中心に戦う方がいいのではないかと思う」

「2試合目はそうなんですけれど、3試合目と4試合目を考えると変わってくるんですよね」

「……まあ、確かにね」


 仮に2試合目で別のチームで勝てれば、3回戦では高踏は中3日の2戦目になる。一方、対戦相手は中1日の3戦目となり、疲労がより早く出るはずだ。4試合目となると、相手は中1日で4戦目。


「そこまで行けば、スコアはともかく最後の20分くらいを内容的に圧倒できると思うんです。つまり、高踏が少しでもいい成績をあげるには、2チームで戦うしかないと僕は考えています」


 問題は、相手もまだ余力がある2試合目をどうするか、だ。



 勝つ可能性を高めるとすれば。


「セットプレーのパターンを増やして、強引に取りに行くことになりますかね」


 ちょうど、相手陣のあたりで戸狩が倒されて、フリーキックを得た。


 距離にして30メートル。今日のメンバーでは無理だが、立神ならここから決めることも不可能ではない。


「そうだね。セットプレーは別物だからね」

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