10月23日 12:51
月曜日の朝、陽人は学校に来ると、職員室に向かった。
「おー、天宮、どうかしたのか?」
真田が気づいて声をかけてきた。
「あ、今日は先生ではないので」
「うん?」
「ラグビー部顧問の田中先生っています?」
「田中先生? あの人だけど」
真田が指さしたのはラグビーとは無縁そうな小柄な女性教師だった。年齢もかなり行っていて、ラグビーをプレーするどころか、体当たりされただけで骨折しかねない。
部活動に教師が関与していないのは高踏高校全体の話で、サッカー部だけではないということを改めて理解できる話である。
陽人は田中に挨拶をして、用件を切り出す。
「昼休みか放課後か、ラグビー部のキャプテンに頼みたいことがあるのですが……」
仮に真田と同程度の顧問だったとしても、キャプテンと話くらいはできるだろう。
もちろん、部室は隣にあるのだから直接訪ねてもいいのだが、何か頼むのだから、一応筋道を通しておいた方が良さそうだ。
「……分かりました。昼休みに呼び出しましょう」
昼休み、半分くらい経過したところで校内に「ラグビー部の小田君、職員室まで来てください」という放送が流れた。
10分ほどすると、ラグビー部の小田剛生が現れる。呼び出された理由が分からないようで首を傾げながらやってきた。
「サッカー部の天宮君が、頼みたいことがあるようです」
と、紹介される。
「どうも」
「……何の用?」
「いや、実はですね、ラグビー部の部員を四人ほど借りたいなと思いまして」
「何だ? フリーキックの壁にでも使うのか?」
「あぁ、それも確かにいいかもしれないですね」
「他に何の目的で使うんだ?」
「つまりですね」
陽人はサッカー部の状況を説明する。
「ラグビー部も似たようなものだと思いますけれど、チームに監督はもちろん、全国経験者もいないのですが、全国では何が起きるか分かりません。ということで、ミニゲームなどにちょっと予測外の要素をはめこみたくて」
「予測外の要素?」
「『見えないゴリラ』の実験って知っています?」
「いや、知らんな……」
見えないゴリラというのは、心理学、脳生理学に関する実験だ。
被験者たちにはバスケットをしている学生達のビデオを見せる。そのうえで白いシャツを着ている生徒が何回パスを回したかカウントさせるのだが、真の目的はカウントではない。パス回し中に横から乱入してくるゴリラの着ぐるみに気づくかどうかということだ。
半分くらいは気づかないという。指示された「パスを数えること」に集中してしまうからだ。
「……で、その見えないゴリラが何なんだ?」
「ラグビー部の人に、見えないゴリラになってもらいたいんですよ」
「……どういうことだ?」
「つまり、ピッチを四分割してミニゲームをするのですが、ラグビー部の部員に中をうろついてもらって、ゲームと関係なく妨害してもらいたいんです」
「ゲームと関係なく?」
「そうです。敵味方関係なく。ただ、足を出すと怪我の可能性があるので、手で止めるとか体で止めるようにお願いします」
小田は目を白黒させている。
「そんなことをして、どうするんだ?」
「不測の事態が起きて、全員がびっくりして足を止めたら話にならないので。そういうのに慣れておけば少しは対処できるかなと思いますが、不測の事態だけにこちらも練習に組み込みようがないですからね。ですので、第三者に任せてしまおうと」
サッカー部の者に任せると、流れを理解している分、それに沿った動きをしてしまう。
不測の事態なだけに、完全に部外者に任せた方が良い。
小田はけげんな顔をしつつも、意図は理解したようである。
「要はおまえ達の紅白戦がスムーズに進まないように動けばいいわけだ。どっちの味方をするというのでもなく」
「そうですね」
これから全国大会に向けて、更にスピードアップや精度の上昇を目指すことになる。
しかし、そういう目標があるとそちらにのみフォーカスしすぎて、試合全体の把握、周囲の把握がおぼつかなくなる恐れがある。
また、レギュラー組とサブ組の力の差についてのハンデ面にもなりうる。
どちらかといえば、サブ組寄りで邪魔してほしいと頼めば、五分に持っていきやすくなるからだ。
「思うようにいかない時間の方が長いはずなので、そういう妨害になってください」
「分かった。放課後、二年を連れていくわ」
「ありがとうございます」
深戸学院が来る金曜日までは、これまで通りの①フォーメーション練習、②ボールを使わないポジション練習、③ミニゲームである。
①はスピードアップをし、②と③は部外者の協力を加えることで、よりスピードアップと予測力の強化のトレーニングになるのではないか。
陽人はそう期待していた。
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※見えないゴリラで検索すれば、実際の動画が複数出てきます。
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