10月22日 9:22
「……藤沖さんがいない間、誰がそういう方針でやっていたんですか? あの動かない人?」
「動かない人……」
というのが真田のことを言っているのは誰にも分かる。
率直な言い方に、瑞江と颯田が笑いをこらえている様子が見えた。
「誰かというより全員かな」
陽人が答えると、中学生3人が「えっ」と驚く。
「全員?」
「言い出したのは自分だけど、『どうせやるなら一番難しそうなものでもチャレンジしたらいいんじゃないか』となって、そこからは全員で試行錯誤している感じだよ」
「そうか~、自分達で考えたのなら言い訳ができないですね」
「ま、そういうところはあるね。あとは偶々データを取る人やトレーニングに詳しい人がいてくれたから、そういう人達の協力も受けて、という感じ。実際の試合については今のところ自分が考えている」
自分が考えている、というところにおぉっという声があがる。
司城が少し考えてから言う。
「つまり真田さんは監督だけど、それは文字通りの監督であって、天宮さんがヘッドコーチみたいなものなんですね」
チームとしての行動の管理・監督は監督が行う。それは確かに真田がやっている。
チームが現場でやる具体的な試合についてはヘッドコーチが決める。陽人の役割だ。
「あいつ頭いいな。確かにその通りだ」
本人達が漠然と理解していたことを見事に言語化した司城に、瑞江が感心している。
「となると、来年一年生が入れば、また新しいやり方を考えるんですか? それとも、今年のものをベースに?」
話が具体的になってきた。
「……全体方針自体は今年のものがベースかな。ただ、アプローチや役割はもちろん全体で決めることになるだろうね」
「そうか、そういうことなのか……」
司城がうんうんと頷き、残りの2人がその反応を待っている。
「とはいっても、今いるメンバーと、新規のメンバーとでは理解度と習熟度が違うから、新しいメンバーにはひとまず今年自分達がやっていたことをやってもらうことにはなるかな。慣れないといけないし。その後は新規メンバーの人数にもよるけど、まあ、幾つか考えていることはある」
「えっ、もう来年のこと考えているのか?」
陽人以外の6人が同時に驚いた。
「考えているというより、試合中に思いつく。あ、こういう練習やろうかな、とか」
「それは凄い。陽人はベンチのファンタジスタだ」
瑞江の表現に苦笑が浮かぶ。
「その響き、全然カッコよくないぞ」
「かっこよくないどころか、素行不良みたいな響きがありますね」
稲城が続いた。
話をしているうちに9時が近づいてきて、一人また一人とやってくる。
全員、「誰だ、こいつ?」という様子で近づいてきて、「来年入学希望の中学3年だ」という紹介に驚いている。
「サッカーやりたい奴は、Aコートで彼らも入れてやったらいいんじゃないか? 俺はこっちでバスケをやる」
瑞江の言葉に、立神が当然のツッコミを入れる。
「バスケットのゴールは?」
「安心しろ。体育館で使われなくなったやつをそこの倉庫に持ってきてある」
「おまえ、そんな結菜ちゃんみたいな目ざといことを……」
呆れながらもバスケット経験のある篠倉や鹿海が早速ゴールを取りに向かう。
程なく全員がミニゲームを始める中、陽人は部室に戻った。
そこで結菜に連絡する。電話で話をしたいところだが、模擬試験に行っているらしいので、メールを送るだけだ。
『今日、見学希望の中学3年が来た。今後、他校も含めて見学希望が増えそうだから、案内用の映像でも作ってくれないか?』
昼休みくらいに返事が来るだろうと思ったら、すぐに返ってきた。
『プロモ映像だけ?』
『その映像だけ。俺は相手してもいいけど、全員が相手するとなると練習できないし、いらないストレスがかかる』
『確かにね。配信とかもしないのね』
『しない。俺達は県立高だから宣伝行為なんてしても何のメリットもない。その手のやつは一切やらない』
『分かった。映像については彩夏と佳彰にも聞いてみる』
一区切りついて、コーヒーを作って飲んでいるところで携帯が鳴った。大溝からだ。
『やあ、天宮君。昨日相談があった件だけど、土曜日の午後にウチでトレーニングした後、夕方市内でということでどうだろう?』
「構いませんよ。予算内であれば」
『その点で1個相談があるんだが、オーナーができればトレーニング中の写真を撮らせてほしいというんだ』
「写真ですか?」
『つまり、高踏高校がウチのジムで練習していますよ、というのをパンフレットやら入り口に出したいと言うんだ。そうすれば土曜日夜はもちろんのこと、東京の奴に協力してもらって大会中の食事についても協力すると言うんでな……』
「はぁ、なるほど……。いいですよ。大会中の食事は気になっていましたし」
電話を切ってから渋い顔になる。
先ほど、妹に対して宣言した「宣伝行為は何のメリットもないから一切やらない」は撤回する必要がありそうだ。
とはいえ、大溝の場合は今まで色々協力してもらった恩がある。ジムのおかげとは言いづらいものの、大溝夫妻がいたから全国まで行けたというのは嘘ではない。
だから、これは例外的なもので、何でもかんでも応じるべきではないだろう。
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