10月21日 13:25
高踏の2点目を辻佳彰は見ていなかった。
試合前の待ち時間にアイスコーヒーを2杯飲んだのが効いたのだろう。トイレに発っていたのである。
用を足している最中の歓声で、どちらかに点が入ったこと……十中八九高踏のゴールだろう、が分かりスタンドに入って電光掲示板を見て確認した。
どんな得点だったか聞こうと思っていると、近くの声が耳に入った。
「すげぇなぁ……、高踏のサッカー……。ヨーロッパのトップチームみたいだ」
辻の少し前、右斜め前の方に2人の少年が座っている。そろって私服姿だが、おそらくは自分と同じ中学生ではないかと見当づけた。
1人は自分と同じくらいの平均くらいの体格だが、もう1人はかなり小柄だ。
「ここなら、おまえみたいなタイプでも行けるんじゃないか?」
平均体格の少年が、小柄な方の少年に話をしている。
「……そうかなぁ」
「そうだよ。俺は高踏行くよ。こんなところでやってみたいじゃん」
おっ、と辻は思った。思わぬところにライバル出現である。
小柄な少年はというと、驚天動地といった様子で驚いている。
「え!? でも、
「行かないよ。今、決めた。金の話ばっかしていて、楽しくなさそうだから、な」
「マジかよ?」
「マジだよ。月曜日断るよ。普通の高校に行くって」
「えぇー、マジかよ、成績大丈夫なのか?」
成績の話が出てきて、「行く」と息巻いていた側が慌て始める。
「ま、まあ、何とかなるさ」
やりとりを一通り聞いた後、辻は十列ほど前の自分の席に戻った。
我妻が何をしていたの、という顔を向けてくる。
「遅かったわね。佳彰がいない間に追加点入ったわよ」
「分かっているよ。あっちの方で同級生ぽい2人が話をしていたから、ちょっと聞いていた」
辻が指さす側に、全員が視線を向ける。
「おっ、
佐藤が名前を出した。藤沖が「知り合いですか?」と尋ねると、「馬鹿言うな」と呆れた顔を返す。
「ニルディアU15の選手だよ。二列目・サイド・ウイング全部こなせるアタッカーだ」
「あ~、佐藤さんが欲しがっている選手なわけですね」
佐藤は苦笑した。
「司城君が来てくれるなら大喜びだけど、U18への昇格が決まったらしいから無理だねえ」
「よく知っていますねぇ」
「おまえはそういうところが雑なんだよ。近隣ユースの担当者くらい連絡とっておけ。金の卵がいるわけだし……」
現在、全国にあるJリーグチームは全てユースチームを有している。
小学生のU12、中学生のU15、そして高校生が所属するU18チームが存在しているが、所属していれば誰でもエレベーター式に上がれるわけではない。むしろ、ほとんどのチームにおいて昇格できるのは一握りである。
U18に昇格できなかった選手は、普通の高校でサッカーを続けるしかない。
こういう選手が、高校では戦力になる。
昇格できなかったとはいえ、プロチームのユースでプレーしていた選手であるから、心構えも技術も備わっているからだ。
中には昇格できなかった悔しさをバネに一気に跳ね上がる選手も存在している。
2010年代に日本代表の中心選手であった
「大体、今くらいから11月くらいまでの間で、ユースチームの昇格選手が決まる。落選した選手は狙い目であるとは言えるだろうな」
「なるほど。では、司城の隣にいる子は狙い目ですか?」
藤沖が司城の隣にいる細い少年に視線を向ける。
「……隣の子は分からないな」
「あんなのは狙い目ではない、と?」
意地悪な様子で聞き続ける藤沖に、佐藤がひきつった顔をする。
「狙い目は選手としての技量だけじゃないよ。本人の住所もあるし、希望もあるしな。ニルディアやドルフィンズ、美濃のユース担当者と話し合って誘いをかけるわけで、誰かれ構わずアタックなんてできるか」
そこまで言ってから、佐藤は「そもそも」と続けた。
「司城の隣にいるからと言って、ユース選手とは限らないだろう」
「ああ、なるほど。司城の隣にいるから連れてきましたってわけにもいきませんよね」
「そうだ。何なら樫谷に誘ったらどうだ?」
佐藤と藤沖は試合そっちのけでユースの話を始めている。高校サッカーにいる者としては色々思うところがあるらしい。次第に熱を帯び始めた。付き合わない方が良さそうだ。
辻は電波が込み合っていて、中々反応しないスマートフォンをいじりながら、ニルディアユースのページを眺めていた。
司城蒼佑、18試合出場9ゴール。こちらはすぐに見つかった。
もう1人は中々見つからない。ひょっとしたら別のチームなのかと思いはじめる。
「あ、いた……」
最後に小柄な少年の顔写真があった。
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