10月21日 13:40
前半28分を回り、スコアは2-0のままだ。
依然として高踏が圧倒的に攻めてはいるが、鳴峰館も多少慣れてきたところはあるのだろう。
ここに出したら陸平に取られる、という範囲も把握してきたようで敵陣に通りそうなパスが二度、三度とは出されている。
しかし、この時間帯になってイ・サンホが疲労により出足が遅れる状態となっていた。相手が早くて遅れているのではなく、自身の出足が遅くなっているのである。
完全に機能しなくなるのは時間の問題だ。
頃合いと見た潮見は、ベンチにいた深沢のアップを急がせる。
アップが終るとすぐに交替の指示を出した。
「広く走りまわって、味方の負担を軽減してくれ」
深沢本人にはそう指示を出す。今、初めて出す指示ではない。一昨日の全体練習の場でイ・サンホにも深沢にも伝えていることだ。最後に入るであろう木田祐輔には、「入ったら思い切りやれ」という方針を伝えている。
第四審に従って、サイドライン際に立つとすぐにボールがラインを割った。
『背番号9番イ・サンホに代わりまして、背番号18深沢大貴が入ります』
「おぉー」
スタンドの藤沖が思わず声をあげた。
「あれじゃ持たないと思ったけど、まさかこの時間で替えてしまうとは」
「前半終了まで待てないものかな?」
佐藤が時計を見て、「うーん」と唸る。
「あそこがバテバテだと高踏が嵩にかかって攻めてきますからね。3点目を取られたらほぼ決まりでしょうし、この10分が勝負と踏んだのでは」
「ただ、深沢も最後までもつのかな? 侮れない選手だが、イ・サンホと比較するとちょっと落ちるイメージがあるが」
「どうでしょう。最悪、もう一回交替しても良いと考えているのでは?」
鳴峰館は攻撃ではチャンスらしいチャンスがないが、この時間帯は逆に決定的なピンチも迎えていない。芦ケ原が若干疲れているように見えるし、園口も力んでいるのかミスが散見される。
「……このままの状態で続けば、鳴峰館が先にへばるでしょうけれど、決勝戦ということがありますからね」
勝てば全国となると、高踏側にも精神的なストレスがかかってくる。
「他力本願ではありますが、とにかく耐えて冨士谷の一発を期待するのは悪いやり方ではないでしょう」
交代で入った深沢は、潮見の指示通りに、ピッチを走りまわっている。
「最後まで考えている素振りはなさそうだな。どうやら藤沖の予想通りのようだ。高踏サイドはどうするかな?」
「前半終了までは特に何かする必要はなさそうですけど、ね」
ここまでのシュート本数は8本。
高踏は派手に勝ち上がってきたので、このシュート数は少ないようにも見えるが、スコアは2-0で勝っているし、ピンチらしいピンチもない。
一部懸念点も見受けられるが、無理に3点目を狙いに行って形が崩れるリスクを負うよりはひとまず前半をそのまま折り返して、後半修正すれば良いようにも見えた。
「流れを変えられる選手も戸狩くらいですからね。追いかける展開ではないので守備力の高い稲城と颯田を外す必要性はないですし」
両ウイングの守備は高いレベルで機能している。
特に左サイドの稲城は圧倒的なスタミナがあるうえに追い方も的確である。相手が彼の近くでボールを回さないように苦慮するくらいに厄介な存在と化しており、ここを替えると相手の攻め手が増える可能性がある。
「……よくよく考えれば、この展開は、逆に面白いかもしれませんね。ここまで高踏は、こういう形での自由な展開がなかったですし」
準決勝までは日程の都合もあり、出来ること自体が少なかった。
サブチームを送り出すような状況では腹をくくるしかなかったと言える。
日程的な負担から解放された準決勝は終盤まで追いかける展開で、とにかく攻め続けるしかなかった。
攻めるという点に関しては、天宮陽人は思い切ったやり方と発想を持っている。
この試合は違う。リードしていて、このままでも良さそうな状況だ。
「決勝戦の特別な雰囲気に、このままでも良いというムード。この状況で、果たして天宮はどう動くか……」
「俺達だったら、そのまま行くか、守備的に行ってカウンターでの追加点を狙いそうな状況だな」
「守備重視でのカウンターは、高踏のレパートリーにはないですからね。ただ、リードしているのにより攻撃的に行くのはあまり賢くない。どうしますかねぇ」
「それは残りの時間で点が入らない場合ではあるが……」
前半のうちに試合がまだ動くのではないか、という佐藤の予想は外れた。
高踏が攻勢の中で、しかし膠着している流れは変わることがなかった。
2-0。高踏の2点リードでハーフタイムを迎えた。
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