10月21日 13:20

 先制点から3分、時計は前半11分を回った。


「雄大」


 高踏ベンチの陽人が隣に座っている後田に話しかける。


「何だ?」

「相手の14番、どう思う?」

「うーん」


 後田が首を傾げた。



 鳴峰館のパス回しは高踏のプレスの前にアップアップであるが、鳴峰館の中央右寄りのMF・14番の久地涼太くじ りょうただけは例外であった。彼がサイドライン際で受けた時だけ、キープできている。


 ここまでの11分、鳴峰館で時間を作れているのは久地1人と言っても良い。本人も自覚したのだろう、サイド側に動く回数が増えてきた。


 大きな問題ではない。この程度の事態が生じることは普通である。深戸学院戦ではもっと多くの問題が生じていた。


 また、久地自身は上下動を活発に行うつなぎ役という印象で、打開力も展開力もさほどではない。あくまで時間を少し稼げているだけで、その次の展開には繋げていない。



 ただし、これまでの問題と若干違うのは……。



「相手が工夫しているというより、隆義がちょっと遅い感じがある」


「やっぱりそう思うか」


 サイドに開いた久地に詰めるのは芦ケ原になるが、ここに若干タイムラグがある。


 相手がうまくやっているのなら仕方ないが、味方側にズレがあるとなると放置してはおけない。しかも戦術的な部分というより、本人の体調面のように見受けられるから尚更である。


「何も言っていなかったけどな……」


 今週、本人から体調不良というような話はなかったし、昨日の練習でも問題があったようには見えなかった。


 ただ、やはり反応が少し遅い。何か引っかかるものを抱えながら走っているように見える。



 幸い、芦ケ原は近いサイドにいる。陽人はボールが切れたところで、前に出て芦ケ原を呼びよせる。


「ちょっと反応が悪いように見えるが大丈夫か?」

「……さっき、軽くひねった」


 芦ケ原はそう言って、エリア付近に視線を向けた。


 この会場は比較的整備はされているところと聞いている。


 しかし、先週準決勝の2試合があったことで多少芝が剥げているところもある。整備が追いつかないところがあって、そこに運悪く足をかけたのだろう。


「……そうか。きついようなら言ってくれ」

「あぁ、分かった」


 すぐに話を打ち切って、ベンチへと戻る。



「……軽くひねったらしい」

「まだ30分近くあるし、替えるには早すぎるな」


 後田の言う通り、前半13分の段階で少しひねったくらいで交替というわけにはいかない。


 また、替えづらいポジションでもある。


「真治を前半から入れるわけにはいかないし、替えなければいけないなら英司を入れて耀太を前に移すことになるだろうが……」


 それにしても、今、やるのは早すぎる。


 しばらくは様子を見るしかない。



「……考えてみれば、地域予選から含めてこれが9試合目か。本来なら怪我人の1人や2人出ていても不思議はない。今の隆義が最初っていうのは、総合的に見ればついているんだろうな」

「途中までチームを二つにしていたのが良かったんだよ。連日の試合で同じチーム出していたらもっと故障者が出たかもしれない。負け覚悟で一回戦や三回戦にサブチームを出したのは陽人の英断で、偉いところだ」

「……おっ? いきなりそんな感じで褒められると、何だか気持ち悪いな」


 苦笑しながら答えた陽人は、その時、ふとあることに気づいた。



「……雄大、全国に出たら中一日間隔で試合するんだよなぁ」

「……そうだな」


 一回戦は12月28日か29日、二回戦が大晦日で、三回戦が1月2日、以降4日、6日、8日と続く。


 後半の日程は曜日にも左右されるので、毎年同じではないが、三回戦くらいまではかなりの過密日程だ。


「決勝まで行くところって凄いな。ちゃんとしたサッカーをやるにはチームが三つ必要だけど、登録は30人までだろ?」

「……恐らく、騙し騙しやっているか、疲れないようなやり方をやるんじゃないか」


 後田は淡々と答えている。


「騙し騙しはキツイなぁ。今日は八割くらいでやろう、なんてそんなことは言いたくないし、そもそもそんなプレーができる作り方をしていないからなぁ」


 そもそも、手抜きをしたら勝つこと自体おぼつかない。


 稲城や櫛木、南羽は高校からサッカーを始めた手合いである。彼らのテクニックが通用しているのは、チーム全体がプレミアリーグのトップチームを目指すようなスピードで動いていて、それに合わせられるからこそ、だ。


 もし、チーム全体が疲労を考慮してゆっくりとした動きになれば、技術の無さで如実に表れ、お荷物となりかねない。


「おっ、チャンスだ」


 不意に出た後田の言葉に、陽人は現実に引き戻された。



 瑞江と鈴原が右サイドを崩し、上がってきた立神がクロスを放り込む。


 二列目から飛び込んできた芦ケ原が完璧に合わせて2点目を奪った。


 捻ったと言っていたが、ゴールを奪って元気に走りまわってアピールしているところを見る。


「ゴールを決めた途端にあの走りよう、現金なもんだよ」


 後田が突っ込み、陽人も苦笑いを浮かべる。


「ゴールが最大の良薬ということだろう。アドレナリンも出ているだろうし、前半は今のまま頑張ってもらおう」



 前半20分で2-0。


 全国が少しずつ見えてきた。



 それは喜ばしいことではあるが、一方でその次の難題に正面から取り組まなければならないことも意味していた。

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