10月21日 13:09
午後1時、高踏のキックオフで試合が始まった。
開始と同時に「おぉぉ」とどよめきの声があがった。
高踏の陣形が狭いのはいつものことだ。30メートルを切るくらいの間に全員が入って目まぐるしく動いている。
一方の鳴峰館もハーフウェーの向こう側までプレスをかけに行く。オールコートではないにしても、これまでの対戦相手にはなかったことだ。
「高踏は慣れているけれど、鳴峰館はいきなりこんな試合をして80分続くのか?」
スタンドにいる藤沖もさすがに驚いていた。
「チームもだけど、イ・サンホが走り過ぎだ。守備でプレッシングをして、キープしたら下がってボールを受けに行っている。いくら何でも無茶だ」
佐藤も同意する。
とはいえ、長いボールが中々届かないことは当の佐藤が一番よく認識している。一番強くてキープ力のある選手を中盤まで下ろしてきて、そこから背後のスペースを狙うという意図も理解できる。
無茶でも何でも、それを遂行しなければ勝ち目がない、そのくらいに考えているのかもしれない。
鳴峰館のベンチでは、開始直後なのに早くも2人の選手がアップをしている様子も見えた。
「行けるところまで行くってことだろうな……」
イ・サンホは身長181センチに対して、体重が85キロあり、横幅ががっしりとしている。単に体重が重いだけでなく、どっしりとした足腰をしており、競り合いや押し合いで負けることは皆無である。
五分五分のボールならば、ほとんど競り勝つだろうし、六分四分で不利なボールでも何回かは自軍のものにしてくれる。
そんな期待を受けている。
しかし、下がったところにいる陸平は、同じ土俵で勝負しない。
(マジかよ……)
ボールの到達点へ走りだそうとした時、既に陸平は走っている。センサーでもついているのかと思うくらいに二、三歩早く動いている。しかも、スピードも速い。イ・サンホも直線距離ではチーム二番目のタイムをもつが、悠々と先を越されてあっさり繋がれている。
前半5分までに3回あった中盤へのパスは、競り合う以前に取られている。
イ・サンホがキープできないということは、鳴峰館はボールをクリアしてもすぐに取られるということだ。すなわち一方的に攻められることを意味する。
鳴峰館が早くも陥った惨状に、藤沖と佐藤が頭を抱える。
「これは大変だ。陸平のいないところに送らないことには勝負にならない」
「でも、彼はびっくりするくらい守備範囲が広いんだよ」
「ただ、深戸戦は最終ラインに回っていたから動けたわけでして、この試合はアンカーの位置だからサイドまでは開かないでしょう」
藤沖が佐藤に意見するが、その直後に右サイド側に開かせようとしたボールを回収する。
「前言撤回します」
「解説陣が混乱してどうする」
大溝が苦笑して突っ込んだ瞬間、どよめきが起きた。
回収した陸平が落としたボールを立神が思い切り蹴り込んだのである。
自軍ボールとなり、ゴールキーパーの醍醐は前に進もうとする。
ちょうどその瞬間で立神がロングキックを蹴った。
高踏陣内からなので60メートルは悠に超える。だから、そのロングキックがシュートであると気づくのに一瞬遅れた。
ボールは風にも乗ってグングンと伸びる。醍醐が必死に背走し、稲城と瑞江が追いかける。
地域予選で一試合、立神のロングシュートがバーに当たって跳ね返りを決めた局面があった。それがまた起きないとは限らない。
醍醐の頭をボールが超えた。観客の声が大きくなり、何人か立ち上がる。
しかし、風に乗ったことでボールが枠よりも左側に行ってしまった。左のゴールポストの一メートルほど左側をバウンドして抜けてラインを割った。
どよめきが溜息に変わった。
「ボールが予想以上に伸びたな。入っていても不思議はなかった」
「そうですね。立神のキック力も本当にとんでもないですねぇ」
「これで醍醐が後ろを気にしだすと、最終ラインとキーパーの間がねらい目となる。そうでなくても八方ふさがりなのに、更にまずい要素が一つ加わった」
その直後、佐藤の声が聞こえていたかのように、鈴原が右サイド、ディフェンスの裏側にパスを送る。
醍醐は出ようとしたが先程より一歩後ろだったせいで迷ったらしい。一瞬遅れた結果、留まってしまった。
そこに颯田が走り込み、中へと折り返す。
ボールを受けた瑞江が、この段階で出てきた醍醐をあっさりとかわして無人のゴールに蹴り込んだ。
前半8分、早くも先制。
「強い……。先週より強くなっている……」
佐藤は腕を組み、はぁ~と大きい息を吐いた。
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