10月21日 12:58
スタメン発表を聞いて、鳴峰館監督の潮見徹は溜息をついた。
「そうそううまくはいかないか……」
佐藤と藤沖が睨んだ通り、潮見がもっとも期待していたのは、高踏サイドが3トップの一角を崩して、篠倉や櫛木といった長身選手を起用してくれることであった。
深戸学院の佐藤と異なり、潮見は高踏の試合をそれほど多く見ていない。
とはいえ、ラインが極めて高いこと、ほぼオールコートといってよいくらい前から守備をしてきて、しかもその精度が高いことは分かっていた。
深戸学院はやや低めのライン設定をして中央に選手を集めて、プレッシングの脅威を何とか薄めようとしていた。ただし、それは下田、榊原という強力なウイングがいるから出来ることである。
鳴峰館はバックライン、中盤とも技術は深戸学院に見劣りする。反面、体力の強さと全体的なスピードには自信がある。
低いラインで勝負するには技術に自信がない。体力があるので、思い切って押し上げてしまった方が良い。
ラインをあげるならゴールキーパーも前に出る必要がある。向いているゴールキーパーとして醍醐智道がいたが、低身長で高さには弱いという弱点がある。
しかし、高さの弱さを相手が突こうとしてくれれば、プレッシングの脅威を自ら取り除いてくれる可能性もある。
前から勝負する方が得であるし、弱点も考え方によってはプラスになるかもしれない。だから、醍醐で勝負し、前から出て行くことを決めた。
残念ながら、相手がこちらに合わせて選手を変えるという都合の良いにはならなかった。
とはいえ、神頼みにかけるだけではない。早いプレッシング対策も考えてはきている。
「今週練習してきた通り、サンホは下がってボールを受けてそこから裏を狙え。体力的にきついのは間違いないが、それは深戸や鉢花との試合でも経験してきたはずだ。バックラインは無理につなごうとせず、早めに前を狙え。ただ、ロングボールではなく中盤だ」
「はい!」
「目いっぱい飛ばしていけ。後のことは気にするな」
「分かりました!」
高踏のような早いパス回しを短期間で目指すことは無理である。
となると、身体の強さを生かして、何とか確保するしかない。当然、前線から下がって受ける側の負担は大きくなるが、それはやむをえない。
イ・サンホ本人には「前半だけ耐えろ」と言ってあるが、潮見はそこまで持たないと考えている。
(サンホが30分、深沢が30分、木田で20分……)
センターフォワードを二度交替させることを想定に入れていた。
一方、高踏サイドは相手のスターティングメンバーを見ても特に反応するところはない。
そもそも、対戦チームの情報の無さという点では、高踏も大差はない。
試合自体が少ない高踏と異なり、鳴峰館の情報は調べればいくらでも出てくるが、そこまでチェックするほどの時間が、陽人をはじめとした高踏サイドにはない。深戸学院の情報はあらかじめ貰うことができていたが、鳴峰館の場合はそうした繋がりがない。
また、チェックしたとしても、そこから有効策を見つけるだけの方法論をもっていない。更に記者会見などで時間を取られたことで、万全の対策を練る時間がなかったということもある。
できるとすれば、「決勝もGKは醍醐」という藤沖の言葉を信用したうえでの篠倉や櫛木の起用であるが、それをやると今までうまくいっている自信を自ら放棄することになりかねない。
「今までやってきたサッカーを、この決勝でもやろう」
陽人が試合前に言うのはそれだけであった。
試合開始前5分。
両チームの選手が控え室を出て整列する。
潮見が陽人に近づいた。真田の存在は完全に無視している。
「今日はよろしく」
「よろしくお願いします」
「試合前に一つ聞いていいかい?」
「何でしょうか?」
「君はどういうチームを目標としているの?」
潮見の言葉に、陽人は思わず上を向いた。
「どういうチームを目指していたかと言われると……、最初はマンチェスター・メトロポリスでしたが……」
最初はそうであった。
ただ、現在のチームがそうとは言いづらいかもしれない。
プレッシングは同じものを目指しているし、ショートパスを繋ごうという意欲も高いが、高い支配率がそのまま点になるシーンは少なく、ボール奪取から一気に速攻をかけるケースが大半だ。どちらかというとライバルチームの方が近いかもしれない。
「マンチェスター・メトロポリスか……」
「はい。ああいうチームのスピード感を意識して目指しています」
「スピード感か……、なるほどね……」
潮見は何かを理解したようで、うんうんと二回頷いている。
「そろそろ入場ですので、私語は謹んでください」
大会関係者の声で、潮見は「おっと」と口を押えた。
「では、また試合後に」
そう言って、列の一番後ろに移動していった。
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