10月21日 12:47

 決勝戦の会場は、準決勝と同じく港近くにある二万人収容の海浜公園スタジアムだ。



 午後1時試合開始予定であるが、既に10時近い段階で列がなされており、11時に開場すると程なく六割方が埋まった。



 ただし、高踏、鳴峰館ともに学校からの応援はそれほど多くない。


 高踏は県立高で、そもそも部活動を応援するバックアップ体制が整っていない。あと3ヶ月もすると受験シーズンということもあり、3年生はほとんど動かない。応援団が全力で支援するという展開もないので、1、2年を中心に有志がバラバラとやってきているだけだ。


 ただし、県立高、しかも一年生しかいないという話題性があることから、一般客は大半が高踏側である。統率は全く取れていないが、高踏の選手が出て来ると大きな拍手が沸き起こり、ホームに近い状況であると理解できる。


 一方の鳴峰館側は私立高校なので応援団がやってきているが、一般学生が高踏贔屓の雰囲気を察して避けたようである。応援団以外の生徒はほとんどいないようであった。



 結菜達はというと、宍原と辻の二人が10時から並んでおり、割と良い席を確保していた。


 しばらくすると谷端も現れ、大溝夫妻と東尾新報の滝原雄哉も現れる。


 更には。


「おはよう、今日も全員集結だね」


 藤沖亮介が二人連れでやってきた。その同行者が一行に目を留める。


「うん? 宍原に谷端、おまえ達も見にきていたのか?」

「えっ、監督!?」


 二人が揃って驚いた。


 そこにいたのが深戸学院監督の佐藤孝明だったからだ。



「佐藤監督!?」


 結菜達も驚いた。


 先週、佐藤と潮見、藤沖は高校時代のチームメイトだったという話は聞いていたが、まさか同じ場に居合わせるとは想像していなかったのだ。


「決勝だし、有力校の監督はみんなが観にくるだろう。あっちに沢渡さんと野形さんもいるし」


 確かに指さす方向には鉢花の沢渡と、珊内実業の野形の姿がある。


「世代が違うから、中々彼らと一緒に見ることはできないんだよ」

「そうなんですね」


 とはいえ、監督が二人もいるとなると落ち着かない。


 結菜達はまだ落ち着かないだけであるが、谷端と宍原は「こんなはずではなかった」という顔をしている。恐らくチームの束縛から離れてのんびり見たいという思いもあったのだろう。


 そんな落ち着かない雰囲気ではあるが、試合前の腹ごしらえに時間を費やすうちに時間が迫ってきた。ますますスタンドが埋まってきている。試合が始まる頃には満員になるだろう。



 12時40分、両チームのスターティングメンバーが発表される。



「さて、お互いどうなるか」


 まず発表されるのは鳴峰館であるが、準決勝と全く同じメンバーだ。


『引き続きまして、青のユニフォーム・高踏高校。GK、1番、鹿海優貴。DF、3番、石狩徹平。DF、4番』

「お、一人変えてきた」


 CBの構成は林崎と武根であったが、この決勝戦では林崎と石狩となっている。


「石狩は足が速いから、裏を取られた時の対応ができるという考えなのかな」

『DF、9番、園口耀太。DF、11番、立神翔馬』


 ちらほらと「深戸戦の前半と同じだ」という若干気落ち気味の声が沸き起こる。


 後半、二列目に園口、戸狩、鈴原、立神と並べた布陣が強烈だっただけに、それを期待する向きも多かったらしいことが伺えた。


『MF、6番、陸平怜喜。MF、17番、芦ケ原隆義。MF、20番、鈴原真人』

「中盤も同じだね。戸狩は今日もスーパーサブだ」


 藤沖の「戸狩」という言葉に、佐藤が思わず溜息をもらす。


「彼の情報だけなかったんだよなぁ。うまく隠されたよ」

「隠したと言いますか……」


 結菜が我妻と顔を見合わせた。


 別に隠す意図があったわけではない。三回戦と準々決勝の二日不在だったのは、本人が風邪だったからだ。ただ、結果的にそれが幸いしたのは間違いない。


『FW、5番、颯田五樹。FW、7番、瑞江達樹。FW、25番、稲城希仁』


 瑞江のところで歓声が大きくなるのは、ここまでの21点に深戸戦の見事な得点があるからであろう。逆に颯田と稲城には「またこの二人?」という雰囲気もある。



 藤沖が両手を後ろに回した。


「さ~て、徹(潮見)はどうするかな」

「きついだろうな」


 佐藤も同調した。


「きつい?」


 周囲と異なる二人の反応に、結菜と我妻が関心を向ける。


「鳴峰館が高踏と試合をするに際して、まず気になるのがボールを回せるか、ということだ。あの前線の守備の速さと連携はとにかく脅威だ。深戸としてもまずそこをどうするかを考えないといけなかった」


 佐藤が説明を始める。


「バックラインに質の高いキックを蹴れる選手を多数並べるというのは、超強豪校でも難しい。深戸で言うならば杉尾や市田が颯田君や稲城君をかわしてパスを繋ぐことを期待するのは現実的ではなかった。だから、全員を近い位置に寄せてコンパクトにし、なるべく安井と吉田にボールを渡しやすい状況にしたかった」


 中盤の二人、安井は司令塔として県内屈指であるし、吉田も技術は高い。


「この二人なら、簡単に取られるということはないだろうから、距離を狭めたわけだ」

「ということは、ディフェンスラインと中盤が真ん中に集まっていたのは、瑞江さん対策じゃなかったんですか?」

「いや、それももちろん狙っていた。ただ、マイボールで回せないとサッカーにならないからね」

「そうですね……」

「鳴峰館は深戸と違って、中盤にも『彼なら絶対に大丈夫』という存在がいない。下手をするとボールをもつそばからプレスを受けて全面崩壊という可能性もある。それなら、高さへの弱さを見せつけて」

「颯田さんか稲城さんを、篠倉さんにすることを期待していた?」

「失点の危険性は増えても、ボールを回せる見込みは高くなるからね。あとは、高さで攻めようとすると、その意識で偏りも生じるしね。もちろん、それだけに期待しているわけではないが、違うことをやらせたかったはずだ」


スタメン図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330669025395328

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