10月17日 17:19
「えーっと……」
全く予想していなかった事態である。
思わず言葉が詰まったところに、記者の一人が校長に質問をした。
「藤沖監督が既に現場を離れているということは伺いました。とはいえ、高踏高校は一年生のみで県予選決勝まで進むという快挙を成し遂げています。現状を変える必要があるとは思えないのですが?」
「まず、お答えしますと、現状が大きく変わるわけではありません。顧問教師としての真田先生は引き続きサッカー部に帯同してもらう予定です。ただし、真田先生には教諭としての業務もあります」
確かにその点は事実である。
インタビューなどのやりとりが笑いを呼んでいる真田であるが、サッカー部が勝ち進んでいることによって、土日も駆り出されることになっている。他の部の顧問と比べると、労働環境面では損をしている。
「藤沖先生が高踏を離れることが確定し、真田先生の負担を軽減しなければならないことがある状況、回答としてはもう一人別の教諭を責任者としてつけることになります。そうなると、その時々によって顧問教諭が変わることになります。となれば、現場にいるキャプテンにチームを任せる方が賢いことになるでしょう」
つまり、真田の勤務超過を避けるためにもう一人、顧問名目か部長名目で教諭を置くことになる。
監督がその時々によって異なるのは変なので、あくまで管理者に留めて、監督は部の中から選ぶということらしい。
それはもっともであるが、それだけなら藤沖は先ほどのような笑みを浮かべたりはしないであろう。別の狙いもあるはずである。
これについてはあまり難しいことではなかった。
(来年以降の準備を今のうちにしておけ、ということか)
陽人はそう解釈した。
今のままでやっていければ、負担はやや軽いが、チームを作っているのが真田ではないことはいずれ発覚するだろう。
そうなると、「実は違った」ということで取材攻勢を受けることになるかもしれない。それよりは、あらかじめ「来年度からは天宮が監督」とした方が良いということであろう。これからの4、5か月で準備と覚悟をしておけ、ということだ。
校長の話が続いている。
「何より高踏高校は学生の独立性を重んじています。今年度、市と有志の協力もありまして良い環境を整備することができましたが、といっても、私立強豪校のようにサッカー部に資金をかけて教育より部活動を優先することはございません。部の運営の中で、学生が成長していくことがベストであると考えております」
市と有志による協力とは、すなわち聖恵家のことを指すのであろう。
聖恵家には、息子にサッカー部で頑張ってほしいという思いがある。
そのためには、強くあってほしいのであるが、強すぎるのもまた困る現実がある。背の低い息子が完全にはじき出されるとなれば、本意ではないのだろう。
結局、色々な人間関係のバランスをとった結果が、「来年からは天宮陽人が監督」ということを公表することのようだ。
(うーん……)
考えているうちに、校長の話が終わった。
改めて記者の目が集中する。答えるしかないようだ。
「……ここに来るまで知らなかったので、びっくりしていますが、僕に限らずマネージャーや裏方に回る学生は大勢いると思います。先生がチームにとって一番良いと考えたことならば、従うつもりです」
「ということは、四月からは天宮キャプテンが監督も務めるということでよろしいのですね? どのようなチームを作るつもりでしょうか?」
「あー……」
何と言おうか考えたが、既にコンセプトそのものは存在している。
「常に主導権を取るサッカーですね。ボールを積極的に取りに行き、取ったらゴールを狙っていく、そんなサッカーです」
「ありがとうございました。それでは、次に瑞江君に質問したいのですが」
ようやく解放され、陽人は一気に脱力し、背もたれにもたれかかった。
その後、瑞江、戸狩、園口、立神、陸平の順に質問が回っていったが、どのような質問がされ、どんな答えがされたのか、ほとんど記憶することはなかった。
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