10月14日 13:40

 陽人はスタンドを見渡すが……。



「うーむ、全員が座れそうなところは全くないな」


 2万人を収容できる会場と聞いているが、20人以上いるメンバーが座れる場所はない。いや、上の端の方ならば空いている区画もあるが、もう少し良い場所が欲しい。


 と、少し離れたところから「天宮~」という声が聞こえた気がした。


 振り返ると、何人かの面々……深戸学院のジャージー姿の面々が手をあげていた。



 近寄ると、宍原の姿がある。


「第二試合見るんだろ、ここは空いているぞ」


 よく見ると、深戸の一年数人で列を二つほど占拠していた。


 マナー的にはいかがなものかと思うが、有難いことは間違いない。


「いいのか?」

「本当はウチの面々が使うつもりだったんだが、負けてしまったからな。この後は帰って反省会みたいなものだ」

「……あぁ、なるほど。そういうことか」


 深戸学院のメンバー外の一年生に、第二試合の席確保を任せていた、ということなのだろう。勝てば決勝戦に備えて、第二試合を観戦していたが、負けてしまったので無用となってしまったわけだ。


「……悪いな」

「何、来年は逆になるから、早めの貸しということにしておくよ」


 宍原は笑う。


 来年は深戸が勝って、高踏側が自分達用に確保していたスペースを使う、ということらしい。


「いや、来年も準決勝第一試合で当たる保証はないんだが……」


 仮に双方が勝ち進んでいたとしても、決勝かもしれないし、準決勝でも後の方の第二試合かもしれない。


 勝つ、負ける以前に同じシチュエーションがあるのかどうかという疑問がある。本人は二枚目的なセリフを言ったつもりなのかもしれないが、ツッコミどころが満載だ。


「まあ、気分はそういうものだってことだ」


 宍原は豪快に笑って誤魔化した。


「ま、決勝も頑張ってくれよ」

「ああ、頑張るよ」


 宍原と握手をすると、他の一年生らしき面々も近づいてくる。


「来年は俺達がリベンジするからな」、「新人戦はグラウンドで会おう」


 そんな言葉を言いながら、何人かと握手をして、そのままスタンドの出口へと向かっていった。




 先ほどまで自分達が走り回っていたグラウンドでは、今、白と黒の珊内実業とオレンジの鳴峰館が練習している。


「珊内も鳴峰館も名前はもちろん知っているが、誰がいるかについては全く分からないな」


 瑞江の言う通り、全く調べようと思ったこともない。


「対戦することになるなんて考えもしなかったからなぁ。三週間前は竜山院に勝てるかどうかって悩んでいたわけだし」

「言われてみれば、そうだった」


 瑞江がスマートフォンで情報を調べているが。


「ネットに繋がらない」

「人が多いからじゃないか?」

「なるほど……」


 会場は海に近い港なのでそれほど多くの人数を想定していないだろう。ところがスタンドには満員近い観客が詰めている。電波の限界があるのかもしれない。



 練習風景を見ていた陸平が首を傾げた。


「陽人、鳴峰館のゴールキーパー、随分小さくないか?」

「キーパー?」


 オレンジ側の練習を見た。


「お、確かに……」


 ユニフォーム姿の16番がゴールキーパーのようだが、周囲の選手と比べても小さい。遠目から見ているし、比較対象の高さが分からないのではっきり何センチとは言えないが、170センチないかもしれない。


「あれで180あれば、鳴峰館はバレーかバスケ部かってくらい高い連中ばかりになるからな」

「そういえば来年は146センチの子が来るんだっけ? 背が低いだけなら構わないけど、体力が身長相応だと困るよね」

「まあ、それはその時考えるさ」


 陽人とすればそう言うしかない。次に大きな試合が控えているのに、来年のメンバーまで考える余裕はない。


 陸平も、何の気なく言っただけのようだ。すぐに話題を鳴峰館のゴールキーパーの方に戻す。


「あのゴールキーパー、本当に出るのかな?」

「そんなにゴールキーパーの身長が気になるのか?」

「あれだけ低くて試合に出るということはかなりいいゴールキーパーなのかなと思ってさ」

「あぁ、なるほど……」


 県内ではここしばらく深戸学院が総体も選手権も連覇している。


 総合的には深戸学院が一番強いのだろうが、個々人として素晴らしい選手がいる可能性は大きい。


 低身長を跳ね返して正ゴールキーパーを掴んでいるのなら、侮れない存在だろう。

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