10月14日 13:21

 控室に戻ろうとすると、大会役員から声をかけられた。


「次の試合がありますので、13時15分までには退室してください」



 第二試合、珊内実業と鳴峰館の試合は14時からだ。


 控室は別らしいが、近くの部屋で騒いでいたら迷惑ということだろう。


「早めに着替えて、スタンドに行って第二試合を見よう」


 試合の振り返りをしたかったが、そういう時間はなさそうだ。


 陽人は撤収する指示を出し、着替えを促した。



 しばらくすると、真田が入ってきた。


「天宮~、教師を置いて逃げるとは、何て薄情な奴なんだ」

「高踏サッカー部が日頃からやっていることですから。会見などの公式行事は今後も真田先生にお願いします」


 先程のインタビューで真田が連呼していたフレーズで答えた。


 答えながらも笑いがこみあげてきて、それを見ている真田がより不機嫌な顔になる。


「……それくらいしか思いつく言葉がなかったんだから仕方ないだろう! まあ、今度は卯月さんにカンペを用意してもらうよ。おや?」


 ポケットに手を突っ込んで、携帯を取り出した。開いて、「げっ」とうめき声をあげる。


「どうしたんですか?」

「……夏木君からメールが来たよ。テレビで見ていたって」


 ムスッとした様子で見せてきた携帯の画面には、メールタイトルが『高踏サッカー部が日頃からやっていること(笑)』となっている。


『真田先輩、決勝進出おめでとうございます。テレビで監督インタビューをばっちり拝見させていただきました。余計なお世話かもしれませんが、今後もインタビューを受けることはあると思いますし、もう少しサッカーのことを勉強した方がいいと思いますよ。追伸:ウチも決勝まで進みました。全国で会いましょう!』

「おっ、北日本短大付属も決勝まで進んだんですね」


 知らない間柄ではないので、親近感を感じて嬉しいことである。ただし、北日本短大付属の評価があがるということは、来年以降、夏木を連れてくるという計画が難しくなったことも意味し、残念な側面もある。


「しかし、あと一試合勝てば全国か……。信じられないな」

「全国に行く時にはもうちょっとまともなことを言ってくださいよ」

「分かっている。卯月さんに頼まないと」


 自分で解決しようという意欲は全くないようであった。



 着替えが終わると、メンバー全員で簡単に掃除をして控室を後にした。


「おっ、高踏さん」


 ちょうど廊下にオレンジのユニフォームの鳴峰館のメンバーが姿を現していた。先頭に眼鏡姿でスーツをきちんと着こなしている男がいる。鉢花の沢渡も、深戸学院の佐藤もジャージー姿なので、スーツ姿の指揮官は新鮮だ。


「……決勝進出おめでとうございます」


 そのスーツ姿の鳴峰館の監督・潮見徹が真田に頭を下げた。


「ありがとうございます。頑張ってください」


 真田は当たり障りのない返事を返した。固有名詞がないところを見ると、鳴峰館だと分かっていないのかもしれない。



 階段を上がり、スタンドへと向かった。


「あ、高踏だ!」

「本当だ、高踏の選手達だ!」


 目ざとく気づいた観衆から、拍手が沸き起こり、同時に携帯も多数向けられる。


「……やりにくぅ……」


 瑞江が園口を前に出した。いきなり前に出された園口は口を尖らせる。


「何で俺が先頭なんだよ?」

「耀太は注目を浴びることには慣れているだろ?」

「注目って言っても、所詮中学校一年の時だぞ。こんな注目なんかあるわけないだろ。うん?」


 たまたま向けた視線の先に、鳴峰館の応援団がいた。その面々と視線が合う。


 そこに二か月前、自分を馬鹿にしていた同級生がいたことに気づいた。


「よっ、久しぶり」


 園口が右手をあげて挨拶した。


「あ、あぁ……、久しぶり」


 三人のうち二人はすぐに視線を反らした。先頭の一人は居づらそうな様子で挨拶こそしたが、ムスッと顔をしかめている。


「……じゃあな」


 園口もそれ以上は言葉をかけずに、空いている席の方へと移動した。


 立神が気づいたようで、後ろから声をかけてくる。


「あいつらって、この前の嫌な奴らじゃないの?」

「そうだな」

「馬鹿にできたと思ったら、またまた再逆転ってなったわけだな」


 彼らが地味なところと揶揄していた高踏高校は、今や決勝まで進出した。しかも、深戸学院も含めて毎試合3点以上取っているという派手な勝ちっぷりだ。


 しかも、園口は中心選手の一人である。


「……前も言ったけど、どうでもいいよ。張り合うだけ損だ」


 意趣返しはできた。


 そこにこだわりすぎていては、むしろ彼らと同じである。


「俺達はもっと上を目指していかないと」

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