10月14日 12:55

「しかし、よく……っと、そんな話をしている暇はないか」


 ゴールシーンを振り返ろうとした藤沖が、言葉を打ち切る。



 杉尾がゴールネットからボールを取りだし、すぐにセンターサークルの方に投げた。それを門松が受け取って、セットする。


 時計は40分を過ぎた。あとはロスタイムだけである。


 表示は3分。


 戸狩にイエローカードを提示し、戻ってきた主審の許可を得るや、すぐにキックオフで再開した。



 左サイドに展開して、榊原を使う。


 そこには武根と立神がついている。


 榊原は強引に2人の間を抜こうとしたが、阻まれてスローインとなった。


 そこに鈴木が走ってくる。その勢いでロングスローと判断したのだろう。武根が前にいる櫛木と篠倉に「戻ってこい!」と激しく手を振る。



 鈴木はボールを持ってギリギリの場所まで後退した。


 そこからロングスローを放り投げてくる。ターゲットは長身の杉尾だ。ここに篠倉がついて競り合う。跳ね返ったボールに反応した佐々木がミドルシュートを打つが、林崎に当たってラインを割った。


 コーナーキックにどよめきが起きる。


 深戸学院のゴールキーパー高田も上がってきたからだ。


 高田、鈴木、杉尾、田中と長身選手が並ぶ。個々人では鹿海と篠倉が長身だが、総体的に見ると深戸学院側の方が高い。


 安井がコーナーキックを蹴り込んだ。ニアサイドの武根と杉尾の裏を通過し、中央の鈴木と曽根本も越した。ファーから中央に入り込む高田に篠倉がつくが、ボールはそこも超える。


「あぁー!」


 大外にいた田中がフリーでヘディングした。


 しかし、角度がない。ポストに当たってまっすぐ跳ね返ってきた。それを中に折り返そうとしたが、櫛木が先に蹴り出した。



 いちはやく反応した陸平が大きく斜め前にパスを出した。


 立神が受けて、前を向いた。慌てて詰めてくる市田をかわすと、もう前には誰もいない。


 ゴールキーパーも。


 大きく進んで、前にパスを送るかのように丁寧に蹴り出した。ゴールエリアで跳ねた後、ツーバウンドしてゴールに吸い込まれた。


 先ほどの戸狩と違い、特に喜ぶ素振りはなく、後ろを向いた。


 深戸学院側は全員、天を仰ぐ。急いで取りに来るものはいない。



 まだ終了のホイッスルはない。しかし、事実上試合が終わった瞬間だった。



 重い足取りで田中がボールを取りだし、センターサークルに戻した。


 キックオフした時点で、主審が笛を吹いた。



 陽人は終盤、テクニカルエリアの中にい通しだった。


 特に指示を出していたわけではない。ただ、そこから戻ると何か悪い展開が起きるのではないかという不安があって、残っていただけだ。


 後ろから真田の声がした。


「おい、天宮、勝っちゃったぞ……」


 ふらつく足取りで近づいてきていた。まるで酔っぱらっているかのようだ。


 もちろん、何もする必要がないとはいえ、試合中に酒を飲むような真田ではない。展開に酔ってしまったのだろう。


「決勝だぞ! 陽人!」


 後田はもう少しストレートに喜びを現した。それが合図であるかのように、瑞江と颯田、稲城といった交代選手にベンチの選手が飛び上がる。


「すげえ! 決勝だ! 決勝だぞ!」


 道明寺は試合中でもこんなに飛び上がらないのではないかというくらい飛び跳ねていた。



 無邪気に喜んでいられる時間は長くない。


『真田監督、一言よろしいですか?』


 挨拶が終わり、引き上げる準備をしているとテレビカメラを従えたアナウンサー達がベンチの方に近づいてきた。


「えっ? あっ! 卯月! ちょっと!」


 真田はいつも助けを求めているマネージャーの卯月亜衣を探すが、準決勝であるためか取材側の動きが速いうえに人数も多い。


 真田は孤立して、あっという間に連れられていってしまった。


『放送席、放送席。それでは勝ちました、高踏高校監督の真田順二郎にお話を伺いたいと思います!』



「あ、天宮さん……」


 卯月が戸惑った視線を向けてくる。


「もう無理だよ」


 迂闊に手助けしようとして、逆に自分が捕まって色々聞かれるのも面倒くさい。


 そのまま選手を迎えて引き上げることにした。



「天宮君」


 選手と合流したところで背後から声をかけられた。


 振り返ると佐藤がいる。


 さすがに歩きながらの話はまずいかと思ったが、「そのままでいいよ」という仕草をされるので歩を進める。


「いずれ藤沖さんも交えて、一度話をしたいと思うけど、とりあえず一つだけ。決勝戦も頑張ってください」

「あ、ありがとうございます!」

「早めに逃げた方がいいよ。テレビだと君がずっとテクニカルエリアにいたのも映っていただろうし」

「はい……。失礼します」


 陽人は歩を早めて、控室へと戻っていった。



 後ろの方からインタビューの声が聞こえる。


『後半、思い切った四枚替えがありましたが、あれはどういう意図があったのでしょう?』

『はい。高踏サッカー部が日頃からやっているやり方ですから』

『……そこから一点取って、同点ゴールは櫛木君の見事なプレーから生まれました』

『それも高踏サッカー部が日頃からやっているやり方ですから』

『決勝点となる戸狩君の得点は、直前の大ピンチからの逆襲でした。見事でしたね』

『あれこそ、高踏サッカー部が日頃からやっていることの成果が出ました』

『……ありがとうございました。高踏高校監督の真田順二郎さんでした!』

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