10月14日 12:40
深戸学院側のベンチが一斉に立ち上がった。
が、一転、「うわぁ!」と悲鳴があがる。
陸平が、猛然とゴールラインへとスライディングをしていた。
ボールをひっかけて確保し、ボストの前で停止する。
すぐに立ち上がって、彼にしては長めの強いボールを蹴った。
陸平のロングキックは珍しい。前半の途中、稲城に向けて相手エリアへのフィードを出していたくらいだ。
前半のプレーはハーフウェー近くからのフィードだったが、今は自陣ゴール手前だ。敵陣まで蹴ることができない。
「うわぁぁぁ!」
再度悲鳴が、歓声があがった。
センターサークル付近まで蹴られたボールに追いついたのは立神だ。陸平を目に捉えた瞬間、カウンター目指して走っていたのだろう。トラップが少し流れたが、両チームともラインが完全に伸びていて近くには誰もいない。
一気に深戸ゴール目指して突進を開始する。
「止めろぉ!」
背走する安井が、門松が叫ぶ。
ゴールまでの間にいるのは4人のディフェンダーだけだ。
市田がチェックに行き、その間に残りの3人でエリアをおさえようとする。
立神は市田に向かっていき、そこで左サイドに斜めのパスを出した。
戸狩が走り、その向こうに園口が走っている。篠倉と櫛木も前に走り出すが、中盤の3人が既に追い抜いていた。
ボールを受けた戸狩に、園口が「こっちだ!」と叫ぶ。それに横山が反応して横に開く。中央の田中と杉尾がゆっくりと距離を詰めて、時間を稼ごうとする。
「真治!」
市田を走力でかわした立神もリターンを要求した。
戸狩が反応し、キック……フェイントを入れて一気に加速した。
右側にいた杉尾が僅かにひっかかった。体重が右側に乗ったのを見極めて反対側へと一気に切れ込む。左側にいた田中はボールを取れないと思ったのか、体ごとぶつかる勢いで向かってきた。
抜かれたらGKと一対一になる。警告……いや、レッドカードでも構わない覚悟で止めるつもりのようだ。
しかし、戸狩は一瞬前まで杉尾の体があった場所に突っ込み、2人の間を割って抜けた。
「行けえ!」
数秒前と一変して、今度は高踏ベンチの全員が立ち上がる。
「高田ァ!」
深戸学院からはGK高田のストップを願う声が飛ぶ。
高田は杉尾がバランスを崩した時点で前に飛び出た。左右の2人、立神と園口には出ることはないと確信しているかのようだ。
「真治!」
一気に詰める高田を見て、園口と立神がほぼ同時に声をあげた。
エリア内に入った戸狩は、細かいタッチを2回、そこから一気に左へ流れた。
高田も体勢を倒し、右手をボール向けて伸ばす。
スタジアムにいる全員、テレビで観戦している全員がボールと高田の腕に集中する。
ボールが動き、高田の右手が、指が伸びる。
指がボールに触れたら、PK戦。触れなかったら、ほぼ確実な決勝点。
全員の意識が半径50センチのところにフォーカスされ、時間が遅く感じられる。
少しずつ動いていく時の中……、
ボールが伸ばした指の少し先を、続いて戸狩の足も僅かに先を通過した。
時間が元に戻った。
高田をかわした戸狩が確実を期すべくゴールに向けてもう1タッチして、そのまま蹴り込んだ。
ボールがラインを越えるのを見届け、右手を高く掲げて、左胸を2回叩いた。
そのまま右手をピストルに見立てたかのように、一発撃つ仕草をした。
主審が目ざとく笛を吹いた。こっちへ来なさい、と指で戸狩に指示を出す。
やってきたところでイエローカードを突き付けた。
「観客への挑発行為と捉えたのか? 審判も大人げないなぁ」
大溝が苦笑する。
「まあ、累積もないですから、影響はないですけどね」
結菜達3人も苦笑していた。高踏贔屓の観客からは審判にブーイングが飛んでいる。
「というか、このチームでゴールパフォーマンスする子を初めて見たよ。銃を打つ格好だったのかな?」
「ロードレーサーのアルベルト・コンタドールみたいですよ。スタミナがないからサイクリングをよくしているみたいで」
「……高踏はみんな、別競技をやっているよね。その方が戦術的な部分で柔軟になれるのかな……」
藤沖は不思議そうに首を傾げた。
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※アルベルト・コンタドール……2000年代を代表するロードレーサー。ツール・ド・フランス2回優勝をはじめ、グランツールを全て制覇。勝利後のピストルパフォーマンスで知られる。
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