10月14日 12:39

 同点ゴールを決められた深戸学院ゴールキーパー・高田陽介はしばらく唖然と横たわっていた。


 ふと、時計を見た。残り三分を切っている。


 今日は2時から準決勝のもう1試合、珊内実業と鳴峰館の試合があるため、延長戦は存在しない。後半40分が過ぎたら、すぐにPK戦だ。


 PK戦になれば……。


 これは深戸学院の方がかなり優勢である。


 高踏のGK鹿海は、キーパーとしては並である。PK戦の練習をほとんどしていない。一方の高田はPK戦も含めて、県下では屈指の実力者である。


 しかし……


「PKなんて考えていたら、もう1点やられるだろう」


 ゴールネットに絡んだボールを取りだし、杉尾が安井に投げ渡す。


「リスク覚悟だ。残り3分で1点取りに行くしかない」

「……あぁ」



 試合が再開すると、どよめきが起こった。


 ボールを受け取った門松がそのままドリブルで陸平の方に突っ込んだのだ。


 すぐにカットされるが、佐々木が拾って安井に戻して、今度はサイドを狙う。


 後半10分以降では初めて、深戸学院が主導権を奪いに行き、そして、奪いつつあった。深戸学院のプレーに勢いが増したのに対して、高踏はやや緩慢だ。



「……追いついて、安心してしまったかな」


 スタンドの藤沖は20分ほどからずっと身を前に乗り出している。その直前に買ったビールには全く手をつけていない。


「遮二無二攻めていたところから、追いついて少し余裕をもった。しかし、余裕をもって戦えるほどには、まだ高踏には経験がない」


 大溝が口をへの字に曲げて頷いている。


「ずっと攻めていたこともあるしな……。追いついて仕切り直しと思ったところで疲労が出て来たのかもしれん」

「そうですね。逆に深戸はここで攻めるしかないと開き直って最後の力を出している。同点ゴールで精神状態が完全に入れ替わるんだから、メンタルというのは恐ろしいものですよ。PK戦かなと思ったけれど、決着がつくような気がしてきたよ」

「おまえさん、ビールはそのままでいいのか?」

「良くはないんですけれど……」


 横にいる結菜と我妻は揃って両手を握りしめている。祈っている、とまで言うと言いすぎかもしれないが、ひたすら見入っていた。


 その向こうでは深戸の応援団も固唾を飲んで見守っている。


 そういう展開で、一人だけ「気が抜けると嫌だから」とビールを飲むのは気が引けるようだった。



 1分ほど中盤でボールが行き来した。


 しかし、一気に勝負に来た深戸の方がややキープする時間は長い。その次の展開を越えられないまま、2度、3度と行き来して、再度門松にボールが出た。


 再びボールを持ってつっかける。ターゲットは陸平だ。


 さすがに簡単にかわさせることはない。その間に前線の櫛木が背後に迫る。


「学!」


 安井がパスを要求した。


 門松がすぐに安井に出した、そこから右サイドの町岡を狙う。



 途中交代の町岡は前半に出ていた下田ほどのスピードはない。


 曽根本はそれを肌で感じている。だから比較的余裕をもって中への進路を遮ろうとするが、それより早く町岡がアーリークロスをあげた。


 鈴木がニアサイドへ走る。林崎が追うが、走り合いでは鈴木の方が速い。


 鈴木が行けると確信した時、黒い影が彼を覆う。


 ゴールキーパーの鹿海がエリアギリギリの位置からパンチをしてボールをはじき出した。そのボールがセンターサークルの少し前にいた安井の方に飛ぶ。



 鈴木は鹿海と交錯して倒れている。


 左サイドの榊原も走るが、武根が先に追いつきそうだ。町岡は少し下がっている。


 他には……?


 いた。



 途中出場の佐々木幸登が右サイドから中央の方へ走っていた。



 一瞬で状況を把握した安井は、佐々木へとスルーパスを送った。


 鈴原がつこうとしているが、こちらも疲れたのだろうか、出足が遅れて追いつけない。


「キーパー出ているぞ! 枠へ飛ばせ!」


 ベンチにいた新木が、下田が、吉田が叫んだ。



 佐々木がグラウンダーのシュートを打った。


 交錯していた鹿海が慌てて立ち上がり、大きく右へ飛んだが、ボールはその右を抜けた。

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