10月14日 12:37

 この準決勝からは、ローカルエリアでテレビ放映もなされている。


『立神のクロスから、篠倉! キーパーの真正面でした……。手元の集計ではシュートの本数は高踏が19本、深戸学院は9本です』

『高踏は諦めずに攻めるしかありませんよ』

『後半30分を経過しました。スコアは3-2で深戸学院が1点リード。このまま守り切ることができるでしょうか?』


 スタンドの一部でも、その音声が聞こえている。


 残り時間が少なくなってきた。



 陽人も時計を確認して、再度ベンチを振り返る。


 残っているのは、久村、石狩、道明寺、南羽、須貝。守備要員ばかりである。


 攻撃的な手を打つとすれば、須貝をゴールキーパーにして、鹿海を前線に出すという方法もなくはないが、試合前にもハーフタイムにもその交代については全く話をしていない。いくら何でも無謀過ぎる交代策だ。


「あとは覚悟を決めて見守るだけだな」


 チャンスは作れているし、シュートも打てている。


 監督として出来ることは、もうない。


 陽人はベンチに戻って座った。これから起こる全てを確認するだけである。



 33分、立神のフリーキックはポストに阻まれた。


 34分、篠倉が再度クロスに合わせるもこれまたキーパーの正面。


 36分、篠倉が今度はスルーパスに反応するも、ギリギリのところで田中に先に入られる。



 立神のフリーキックがギリギリ外れた時点で、深戸学院は守り切る決断をしたようだ。


 門松は三列目に入り、鈴原を中心に狙うようになる。FW三人も裏を狙う意思を放棄したわけではないが、高踏のディフェンスラインにプレスを怠らないことを重視している。



 故に、ボールはすぐに高踏側のキープになる。


 林崎は中の戸狩に出した。その戸狩が曽根本に戻して、曽根本が左サイドの深い位置にグラウンダーのパスを送る。


 サイドの深い位置でボールを持つのは前半、何度かあったパターンだ。その時点では稲城がパスを受けて打開策に窮していた。


 今、ボールを受けたのは園口だ。自由にさせまいと佐々木が寄ってくるが、その股を通してかわした。ゴールライン際を中央へと進む。


 右サイドバックの横山も迫って来るが、キックフェイントを入れて足を出させてその間に通り過ぎる。



 顔をあげるとニアサイドに飛び込む篠倉とついている田中、ファーでフリーな櫛木が見えた。


 ニアは角度がないしマーカーもついている。櫛木に合わせるべく左足でボールを送る。


 正確なはずの左足から蹴られたボールは、しかし、櫛木のスピードを誤認していたのか走る櫛木の少し後ろへ向かう。


「しまった……!」


 園口が思わず叫んだ時、櫛木が右足を振った。



「何いぃ!?」


 真っ先に叫んだのは瑞江、それを皮切りに高踏ベンチの全員が立ち上がった。


 櫛木俊矢は春先にラグビーをやっていて、合わずに6月からサッカー部に入ってきた転入組である。南羽と並んで、技術という点では一番下手な部類といってよい。


 その櫛木が軸足の後ろ側に右足を回してシュートを撃った。


 いわゆるラボーナでシュートを撃ったのである。


 驚き以外の何物でもない。



 ラボーナは別として、中央への折り返しに対して深戸GK高田陽介は櫛木のシュートコースを消すべく、前に飛び込んでいた。


 予想外のラボーナに反応しきれないからキャッチこそできないが、左手に当たって跳ね返る。


「あぁ」という声とともに頭を抱えた者が多数。


 高踏ベンチはほぼ全員がそうだった。


 しかし、一瞬後、溜息は大きな歓声へと変わる。



『園口からのクロス! シュート!? 高田が防いだ! ……跳ね返りを、押し込んだぁ! ゴール!! ゴール! ゴール! 後半37分、高踏高校が追いつきました! 23番櫛木俊矢の予想外のシュートは阻まれたものの、16番の戸狩真治が押し込んで同点! 戸狩は今日2点目!』

『いやぁぁ、すごい。園口君のクロスが少し外れたんですけれど、あれをラボーナですよ! 櫛木君の予想外のシュートで高田君も弾くのが精いっぱいでしたね。戸狩君は良く詰めていました。素晴らしいゴールです』



 スタンドでは、結菜と我妻が抱き合って喜んだ後。


「櫛木さんがあんなシュートを撃つなんて……、実はファンタジスタ系だったのかしら?」

「……彼は高校からだっけ?」


 藤沖の言葉に、2人が「元ラグビーです」と答える。


「……となると、変に色がついていないのが幸いしたのかもね。普通は小中のうちにキックの種類を教わって、それを身に染み込ませるからラボーナなんて考えもしないけれど、彼の場合はその経験がなくて、瑞江が試合でああいうシュートを撃つのも見ている。『軸足の後ろのボールが来た。なら、ラボーナで蹴ってしまえ』というのは実は合理的な選択なのかもしれない」

「あぁ、そういえば……、兄さんと後田さんが最初の頃に『方法は何でもいいから、腕以外のどこかでゴールラインの向こうにボールを押し込めばおまえの勝ちだ』って言っていましたね」


 説明した2人は、例えば跳ね返ったボールをお腹で押し込むとか、低いボールにダイビングヘッドするなどの泥臭いゴールを期待していたのだろう。ラグビーから転向してきた体力と根性のある選手に期待するものは、そんなものである。


 しかし、何でもありならラボーナやバイシクルだって、ありだ。

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