10月14日 12:24

 深戸学院サイドでは、コーチの津下が佐藤と掛け合っていた。


「監督、このままではまずいですよ」

「分かっている。攻守両方ともまずい状況だ」


 その最大の原因が安井と前線の距離が開いたことなのは明白だ。


 解決策も明白だ。安井か、あるいは別のパッサーを前に置くことである。


 攻撃だけではなく守備の局面も問題を抱えている。前半のパターンに慣れてしまったのか、2トップのマーキングに戸惑っていた。


「相手の四枚替えに対抗するわけではないが……」


 佐藤は後方でアップをしている選手に声をかけた。




 スタンドからは、その動きがよく見える。


「深戸学院も選手を替えそうですね」

「当然だろうね。誰をどう変えるか……」


 すぐに呼ばれたのが3番の田中大斗だった。更に18番の町岡寿と17番の佐々木幸登が呼ばれる。


「おっ、一気に三枚替えか」

「町岡さんは前の試合でウイングとして出ていましたね」

「恐らく、町岡を右に置いて、鈴木を中に持ってくるのだろう。門松は二列目に置くんじゃないかな」


 安井を前に出すのがベストではあるが、門村に出して二列目から突っ込むというのも手としては面白い。


 佐々木は中盤の運動量強化で、田中については。


「篤志のミッションは瑞江・芦ケ原対策だ。その二人が下がった以上は、慣れ親しんでいるフォーバックに戻そうということだろう」

「谷端さん自身は悪くないですけどね」

「そればっかりは、ね。こういう時に三年の経験が生きるというのが常道的な考え方だし」


 言いながらも、藤沖は「それが本当に常道的なことなのか」という疑問を感じる。


 特に、一年生軍団がまるで大人のように振る舞っている様子を見ると、尚更だ。


「大人の指導者は、ついつい自分が解決策を見つけようとする。ただ、天宮君の場合は、同級生だから自分が解決策を、というよりは方針だけ示して解決策自体は本人達に任せてしまっている。で、実際に選手達が最適策を見つけ出してしまった。そう考えると、指導というのは難しいものだよ」



 サイドラインに深戸学院の選手が三人並び、スタンドがどよめいた。


 程なくスローインとなり、谷端に替わり田中が、戸倉に替わり町岡が、吉田に替わり佐々木が入る。


 藤沖が睨んだように、布陣は4-3-3のままだが、中盤の3人は門松を頂点とした三角形となった。



布陣図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330668452186651



「これで陸平の対処しなければならない選択肢が増えることになる。さて、どうするかな」


 深戸学院のテクニカルエリアには津下が出て来て、「安井! 門松を使え!」と指示を出している。


 早くも門村にボールが出た。


 ボールを受けた門村はターンしようとするが。


「うおっ!?」


 藤沖が叫んで、スタンドからどよめきが起こる。


 安井は門村に出すと決めつけていたかのように、陸平が一気に詰めてきてボールを奪い取った。そのまま鈴原に送り、鈴原からのスルーパスが立神に通る。


「チャンスだ!」


 立神がスルーパスにシュートを放ったが、これはゴールの枠を超えた。溜息が起き、立神も悔しさのあまり、左手で頭を二度ほど叩いた。


「陸平さん、全く迷いなく前に出て行きましたね。ベンチからの指示が聞こえたのでしょうか?」

「いや、鈴木は林崎と鹿海に任せてしまったんだろう」

「鈴木さん、かなり身体能力高いですけれどね」


 鈴木の思い切ったプレーはかなりの脅威である。林崎が止められるとは思えない。万一きっちりしたパスが通れば大ピンチとなる。


「陸平にとって状況は変わらないという判断なのだろう、ウイングが中に切れ込んで受けそうなボール、中盤での楔となるボールは全部自分が止めて、両ウイングが開いて受けるボールと、鈴木がピンポイントで受けるボールはDFとGKが止めるボール、という認識だ。後ろにいるのが門松であるか鈴木であるか、という違いなだけだね。つまり」

「つまり?」

「陸平にとって、今の交代はプレーを変えるほどの意味はなかったわけだ」


 前に出れば取れるボールは、全て陸平の処理するボール。


 それ以外のボール、両ウイングのサイドに開いたボールと、FWへの深いボールはDFの処理するボール。もちろん、必要に応じてカバーには向かう。


 受ける相手の危険性は、その判断を左右しない。


 あくまで自分のカバー範囲との兼ね合い、ということだ。

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