10月14日 12:21
戻ってくる戸狩を、陸平はセンターサークルで待っていた。
「ナイッシュ」
「先週休んだからな。このくらいはやらんと」
ニッと笑って、ハイタッチをかわす。
「真治、守備は最低限でいいよ。もう一点頼む」
「……もちろんそのつもりだけど、できるかどうかは向こう次第だ」
戸狩は深戸学院側を指さした。
「確かにそうだね」
1点取り返したことで、高踏のフロントラインは意気上がってプレスをかけている。
だが、そこに落とし穴があるかもしれない。
前から前から、激しく相手を押し込んで、そのまま圧殺できれば良い。
しかし、全員の意識が前に向きすぎると足並みが乱れる。
乱れがあると、一転カウンターを食らうことになりかねない。
それを修正するのが、ここからの自分の役割だ。
陸平は下がった位置から、曽根本と武根に声をかける。
「マークしっかり!」
スタンドは盛り上がっていく。
1点を追いかける一年生軍団が猛攻を仕掛けている。判官びいき気質なファンから「もう1点取ってくれ」という声が上がり続ける。
「そんなにうまく行けば苦労はしない、と言いたいところだけど……」
藤沖が左手で頬杖をつく。
「皮肉な事に総攻撃モードになってから、高踏の守備が相手の攻撃にしっかり嵌るようになった。4バック気味だけど実質陸平はフォアリベロでそれがとてつもなく機能している……」
ポジションが数メートル下がったことにより、視野が広がり、更に初動作からカバーできる範囲が広がった。曽根本と武根のポジションを意識しつつ、相手の一番警戒すべき鈴木と榊原のところまで顔出ししてボールをカットしている。
深戸学院はボールを奪った後の攻撃も手詰まりとなってきた。
「つまり、これが最適なフォーメーションということでしょうか?」
結菜の問いかけに、「今の状況ではそうだね」と藤沖が答える。
「最終ライン側に回った陸平が、両ウイングが中へ走るボールをほぼ断ち切っている。ただ、逆に中盤のインターセプト力が落ちているから、深戸はここに一人置きたいんだよね。例えば……」
深戸学院の司令塔である安井達之は、現状ディフェンスラインの一列前で守備に奔走している。
それ自体は仕方ない。試合開始時の役割が瑞江のスペースを消すために三人ずつ二列で囲い込むような位置取りだったからだ。
しかし、その瑞江は既に交代してベンチに下がっている。
これにより、安井の役割が不明瞭となっていた。引き続き高踏が攻め込んでいるので、同じ位置にいるが、相手の攻めに対してこう守るという意図が薄い。だから、個人で頑張っているものの、効きが弱い。
「今の状況なら、守備の人数は減るけれども安井を前に出した方が良い。そうなると、陸平との距離が縮まるから」
「陸平さんが安井さんのパスにカバーできる距離と時間が短くなる。その分、カットがしにくくなる」
そういうことだ、と藤沖は頷く。
「今の状況は、高踏がパーを出し続けていて、深戸はグーを出し続けているようなものだ。完全に高踏側にはまっている。変えないとまずい」
陸平が攻撃を寸断してくれるから、高踏の前にいる6人が嵩になってプレスにかかる。
深戸側の攻撃が機能すれば、そうは言っていられない。鈴原や園口、立神がバランスを意識するだろう。
相手の攻撃が怖いなら、前に出るしかないのだ。
「深戸学院は気づいていないのでしょうか?」
「うーん……」
微妙だ、と藤沖は思った。
気づいていない可能性もありそうだ。
展開が目まぐるしいし、当事者であるから中に入り込んでいる。
スタンドという高い場所で、ビールを飲みながら第三者としてお気楽に見ている藤沖とは、立場が違う。
「深戸学院にはコーチも四人いるしね。気づいても良さそうなものなんだけど」
そうなると、もう一つの可能性に行きつく。
気づいているけれども、変えられないというものだ。
「新木を下げて入れた門村は完全に消えてしまっている。元々、後ろと中盤へのプレス役として入れたのだろうけれど、この時間の高踏は後ろで回さずシンプルに前に出ているから彼がいる意味がなくなっている。とはいえ、後半開始直後に入れた選手を20分で替えるわけにもいかない」
「中央で踏ん張っている6人も、迂闊に替えると流れを変えてしまう可能性があるから、替えづらいですね」
「そこなんだよね。替えないといけないんだろうけれど……、不作為の誘惑だね」
2点を取られたとはいえ、深戸学院の中央の7人は大きなミスをしているわけではないし、決定機を連続して作られているわけでもない。
ここに手を加えて、良い方向に傾けば良いが、仮に悪い方向に傾いてしまったら。
人間は迷った時、動かないこと、不作為を選ぶ傾向が強い。
動いて失敗した時には、そうでない時より後悔がより大きくなるからだ。
仮に統計や、第三者の分析などで動いた方が良い、と分かっていたとしても。
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