10月14日 12:17
高踏の布陣:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330668325863420
「四人まとめて交代か。随分と思い切ったことをする」
佐藤は、ファイルを取り出して交代選手を確認した。
「……あの16番は誰だ?」
佐藤のデータには、戸狩真治の情報がない。
二回戦の9-0の場面から出て来ているが、この試合はほとんど何もしていない。
三回戦と準々決勝は共に欠場している。
温存ではない。偶々体調不良にかかっていただけだが、それゆえに情報として全く存在していなかった。
ピッチの中の選手も同じだ。
「あいつは誰だ?」
初めて見る16番に安井が首を傾げる。
谷端は慌てて駆け寄って、戸狩の情報を伝える。
「スタミナはないですし、フィジカルもそんなに強くないですが、巧いです」
「瑞江と比較したらどうだ?」
「さすがに瑞江と比較するのは可哀相ですが、侮るとやられるくらいには巧いです」
「分かった」
安井が中盤に、谷端は杉尾、市田に交代選手の情報を伝えていく。
先ほどまでは自分の前に瑞江がいた。
瑞江はスペースを突く力も技術も圧倒的だが、故にスペースを求めるところがある。
ところが変わって入ってきた櫛木は筋力に自信があるのだろう、むしろガツガツと当たってくる。臀部や下半身の太さは大学生かと疑うばかりで、上級生が相手でも全く引けを取らない。
もう一人の篠倉も、当たりの強さは櫛木ほどではないが、といって弱いわけではないし、競り合いから逃げることもない。背の高さでは上回っているし、懐が深いのでキープ力があり、厄介である。
(瑞江がいなくなったから脅威は下がったが、この二人も厄介は厄介だな……)
試合再開からしばらくボールが落ち着かない。
高踏は守備面では問題がない。ただ、攻めの段階では配置が変化したことで多少やりづらさのようなものが出ているようだ。
そんな中で戸狩がボールを受けた。
安井がチェックに行った。どんな相手か実際に試しに行ったかのようだ。
それを戸狩がスッとかわした。
巧い、と思う間もなく戸狩は右足を振り抜いたが、これはジャストミートしない。ボテボテと転がった弱いシュートが高田の下に転がった。
「よし、カウンター!」
高田の声とともにラインを上げようとしたが、篠倉と櫛木が交互にラインの裏を狙う素振りを見せる。瑞江だけマークしていれば良かった前半と異なり、これも厄介である。
しかも、高踏の二列目は技術の高い選手が揃って、次第に配置にも慣れつつあるようだ。
交代から二、三分で、深戸学院全体が下げられている印象を受けた。
(ボールを取って楊斌に繋げばカウンターになるはずだが……)
前半、再三攻撃の起点となった右サイドには現在鈴木がいる。
前半との違いはマーカーが曽根本に替わったことだ。園口と異なり、攻撃面の貢献度は低いが、その分マークに集中するだろう。地味ではあるが、自らの役割を遂行できる能力を有している選手だ。
もちろんトータルの能力では鈴木の方が上である。前半同様に精度の高いボールが出れば引き離せるだろうが、押し込まれている状況では簡単には出ないかもしれない。
高田のフィードが陸平に阻まれ、また二列目と鈴原らがボールを回す。
櫛木はともかく、篠倉は受ける技術をもっている。ポストプレーに入り、一度、下げた後リターンを貰おうと裏を狙うような動きをする。
今もまた、篠倉がポストに入り、戸狩にボールを落とした。
「杉尾さん、立神!」
瑞江がいない今、右サイドの高めの位置に上がってきた立神が一番厄介な存在だろう。ロングレンジからのシュートもあるし、中に入ってくる可能性もある。
立神が櫛木と入れ替わって、中に入りそうな気配があったので、谷端は杉尾に指示を出し、自らは篠倉についていく。
「おい! 前!」
高田の叫び声が聞こえた。
一瞬後、ボールが遥か右側を切り裂くように通り抜けた。
ハッと後ろを振り返ったら、既にネットを捉えていた。
前を向くと、高踏の面々が戸狩に駆け寄っている。
あいつが決めたのか? と思う前に、後ろから高田の叱咤の声が飛んできた。
「注意しろ! 注意! エリア近くでシュートコースを開けるな!」
「す、すみません!」
思わず謝った。
その通りである。
戸狩がシュートを撃ったのはエリアの5メートルほど後ろ。やや遠いが、十分に狙える距離だ。
しかし、谷端は一本前のシュートよりも更に3メートル後ろと判断した。
高踏のパス離れの早さと、戸狩のシュート力を考えて、あの位置では撃たないというイメージが生まれた。それが油断となった。
最初のシュートがあまりに力のないものだったので、「戸狩にシュートはない」と無意識に考えてしまった。それが自分だけでないのは、高田が怒っている相手がディフェンスライン全員であることからも伺える。
「もしかして、最初のシュートはわざと外したのか?」
そんな思いが過る。
後半17分、3-2。
再び1点差になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます