10月14日 12:11

 後半8分を回った頃、陽人は交代を告げていた。


 4人同時に交代させると言ったことで、県サッカー関係者の係員も驚いている。


「確認するよ。下がるのは5番颯田君、7番瑞江君、17番芦ケ原君、25番稲城君。入るのは2番曽根本君、16番戸狩君、19番篠倉君、23番櫛木君だね?」

「はい」

「本当にいいんだね?」

「はい。構いません」


 係員は「本気かいな」という顔をしていた。おそらくは瑞江を下げるという選択が信じられないのだろう。


 そこに深戸学院の19番もやってくる。


「9番の下田さんに替わって入ります」

「分かった」


 とまで言ったところで、スタンドがどよめいた。


 陽人もピッチに視線を向ける。


「あっ」


 短く言葉が漏れた。


 右サイドを突いた榊原のクロスが、変な方向に飛んだ。それが鹿海の頭を越えて、ゴールに入ったのである。



 再び2点差。



 陽人は頭をかいた。


「……2点差までは覚悟していたけれど、交代直前に入れられたのは幸先が悪いな……」


 とはいえ、ぼやいてスコアが元に戻るわけでもないし、チームに問題が生じて取られた失点というわけでもない。


 自分が茫然としていると、交代で入る四人も動揺する。


 陽人は平静さを装い、四人の背中を叩いた。


「2点差になったけど、やることはハーフタイムの打ち合わせ通りだ。頼むぞ」

「あぁ、任せておけ」


 戸狩と篠倉がほぼ同時に同じ言葉を伝えた。




 交代選手の表示で「7番」が出た時、スタンドがどよめいた。


 藤沖も、「おぉぉ」と声をあげる。


「疲労度合いからすると替えるしかないとはいえ、2点差ついた状況で下げなければいけないのは辛いなぁ」

「瑞江さん、後半もチャンスらしいチャンスはなかったですね」

「点を決め続けるとマークが厳しくなる。ストライカーの宿命だよね。さて、替わって入った面々はどうなるか?」

「曽根本さんが左サイドバックに入って、園口さんが前に行きそうですね」

「なるほど。サイド攻撃を厚くするうえではその方が良いね。で、戸狩は真ん中で、立神も上がってきたな。うん? 武根が右サイドバック? 陸平がディフェンスラインに入るのかな?」

「篠倉さん、櫛木さんがツートップで、その下に園口さん、戸狩さん、鈴原さん、立神さんが並んでいますね」

「二列目にドリブルで抜ける選手を並べて、一人かわすことを前提に6対6の同数を作ろうというわけか。しかも、ツートップになると前半の瑞江マークと同じにはいかなくなる。あ~、これは意図通りに行けば嫌らしいやり方だな」


 藤沖が頬のあたりをぽりぽりと掻いた。



 深戸学院の後ろの7人は前半、瑞江のポジションを基準として6人が二列となって真ん中をカバーし、余った谷端が芦ケ原を見つつ、時々自由に行動するというものであった。


 ここからはその形が全く変わる。篠倉と櫛木につられてしまうと、ギャップが生じるし、谷端は相手の攻め手に応じたポジションの修正が求められる。


「ただ、今までずっと3トップでやっていたチームが、いきなり2トップに変更すると、どうなるのか。そこは気になるな」


 瑞江のような突出した選手もいるが、高踏のそもそもの優位性というのは極端なまでにコンセプトに特化したシステムにあり、それを徹底してきたことである。


 その徹底性があてはまらない布陣に変更して、どこまでスムースに動けるのかは疑問がある。


「少なくとも守備は大丈夫なんじゃないでしょうか」


 我妻が答えた。


「ボールがあって、距離感を保って、布陣するというやり方をやってきましたし、守備は問題ないと思います。攻撃に関してはやってみないと分からないと思いますが」

「それはいつだって同じということか。なるほどね」



 話をしている間に、既にキックオフがなされ、ボールが二度ほど両チームを行き来している。


 確かにディフェンス面においては布陣に変更があるように思えない。園口がスリートップの左まで上がり、篠倉が中、櫛木が右側にいる。


 それがボールを取ると、園口が少し下がり、相手右サイドバックの横山の斜め前あたりに移動してくる。


 守備時には4-3-3だが、ボールを取ると4-4-2気味に移行する。


「今は、ヨーロッパはもちろんJリーグでも可変型システムは普通にある。そこへの対応は問題ないということか」

「研究してきた試合モデルの中にもそういう試合は多くありましたし」


 我妻があっさりと言い、結菜と辻も同調する。



 確かに、国外のトップレベルの試合を模倣していれば、試合中の布陣移行、システムの併用も珍しいことではないだろう。



 しかし、言うのは簡単だが、実行は容易ではない。普通にこなせていることに藤沖は舌を巻いた。

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