10月14日 11:58

 ハーフタイムの控室。


 全員が揃うと、陽人はすぐにホワイトボードに前半の布陣図を書きだした。


「思った以上に深戸学院が中の守備を徹底してきたけれど、こちらの形は出来ている」


 そう言って、スリートップを見渡した。


「達樹、悪いが後半10分までは同じ展開で頑張ってもらえるか?」

「10分? それなら何とかなるだろうけれど、相手が余程のミスをしない限りは攻撃面ではどうにもならんと思う」

「それでも構わない」

「……分かった」

「希仁と五樹も、後半10分までで全部出してくれ」

「分かった」、「分かりました」


 二人も頷いた。櫛木が首を傾げて手をあげる。


「ということは、後半10分で3トップを総替えするのか?」


 残り時間30分の時点で、前線を全員入れ替える。


 それ自体はありえない話ではない。


 ただし、チームの絶対的エースである瑞江をその段階で変えるのは早すぎるのではないか。


 それ以上に、櫛木が不安なことがある。


「前線を替えるということは、俺も出るということ?」


 櫛木が本格的にサッカーを始めたのは半年前である。その程度の自分が、絶対的本命である深戸学院との試合で30分間もプレーするのは不安でならない。


「もちろん」


 陽人の返事に、櫛木は「うげっ」とうめき声をもらす。


「俺が出て、大丈夫なのか?」

「大丈夫か大丈夫じゃないかなんてやる前から分かる訳がないだろう。単に、雄大と相談してそれが一番良いだろうと思っただけだ。体調が悪いとか足が痛いとかなら言ってくれ。日ごろやっていることができないのなら前提が変わってくるからな」

「そ、そんなことはないが……」

「だったら、後半10分から出す」

「わ、分かった。まさか出番があるとは思わなかったが、出るからには全力で頑張る」


 櫛木はその場で屈伸運動を始めた。


 それにつられて、篠倉と戸狩も何となく体を動かし始める。


 櫛木が出るのなら、残りの二枚は自分だろうと思ったようだ。



「ということは、後半10分で三枚替えを想定しておけばいいんだね」


 陸平の確認に対して、陽人は首を横に振った。


「いや、怪我人が出たら別だが、同じ状況ならその時点で4枚替えるつもりだ」



 ルール上、交代できる人数は5人。


 その5人を後半に3回の交代回数で行わなければならない。あとは延長戦の前後半と途中に1回ずつ認められている。


 通常は疲労の進み具合や、戦況などを見て1人、2人と交代を行っていく。


 まとめて3人はもちろん、一気に4人も交替というのは珍しい。


「少しずつ変えていくというのは中々難しいし、一気に変える。本当は5人替えてもいいのだが、さすがに負傷者その他のことも考えると一つは残しておきたいからな」


 まとめて交替する理由を説明した後、後半10分というタイミングについても説明する。


「達樹の体力的な部分もあるが、相手の慣れという部分も考えた。ハーフタイム時点では深戸も色々と対策を取っていると思う。だから、一旦、相手にこちらは前半と同じだと思わせておいて、慣れたところで一気に変えて、相手の戸惑う時間を長くしたい」

「なるほどね。リセットして気持ちの切り替えた後半開始ではなく、10分から変えるのはそういう考えがあるわけだね。それは分かったけれど……」



 陸平は少し考えて、できるかなと首を傾げた。


「そこまで一気に変えると、やることがかなり変わりそうだけど、みんながきちんと動けるかな?」

「だから、残りの時間で後半10分以降の方針を説明する。申し訳ないけど、3トップと隆義は休んでもらって構わない」

「あれ、隆義も替えるの?」


 瑞江が疑問の声をあげた。


 交代要員の攻撃的な選手は篠倉、櫛木、戸狩の3人である。芦ケ原も替えるとなると4枚目の攻撃要員が必要になるが、その候補がいない。


「まさか陽人が『交替オレ』とかやるんだろうか?」

「ベンチならともかく、グラウンドの陽人にそこまでの力があるとは思わないけど」


 休憩する4人は、小声で会話しつつ、交代要員を予想しはじめた。



 残りの面々は陽人が書くホワイトボードの説明を見ることになる。


「……確かに若干勝手が変わるかもしれない。ただ、プレスのスタート地点やサイドラインとの距離が違うだけでやってもらいたいことは変わりがない。そもそも一人だけでチームの狙いを変えるというのは無理だと思う。何人かのやり方が重なって、チームとしての狙いが変わるわけだから」


 ホワイトボードの布陣図を一度消し、新しく書き直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る